朝露を踏んで
Giton

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20歳で死ぬためにはあらんかぎりの勇気が必要なんだ
――エヴァリスト・ガロア

aχ2+bχ+c=0 の解き方は初め粘土板で
ついで駱駝の背に揺られて伝えられ
aχ3+bχ2+cχ+d=0 を解いたルネサンス
の天才は神秘の技を注意深く隠蔽した
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しかし時代は人を越えていた3乗の秘密
が知れ渡るのに30年とはかからず
同時に4乗も密儀のヴェールを剥ぎ取られ
そこで人々は5乗へと殺到したが
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2世紀過ぎても5次の壁は乗り越えられなかった
そしてロンドンで最初の汽笛が鳴ったころ
ノルウェーの改革派の少年が実はその壁
は乗り越えられないことを証明した
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がパリの学士院は彼の論文を拒絶し
北国の神童は借金に埋もれて夭折した
そしてテュイルリーの外壁が新たな
革命の予感に揺れ動いていたとき
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群衆の中からひとりの不良少年が進み出て
aχ5+bχ4+cχ3+dχ2+eχ+f=0
ぼくはその解法を知っていると叫ぶ
共和派の彼の父は迫害の末に自殺したばかりだった
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怒号と嘲笑に包まれた学士院は
少年の提出した論文を屑籠に棄て
残念ながらきみの論文は紛失してしまった
からには審査することは出来兼ねる
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それでも少年はさらに二回の口答試問
でも蹴落とされつつ二度目の論文を完成
したそれはガロア群 数学史に類を見ない
美しい環を描いていたのだった
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学士院は二度目の論文も「紛失」した
そのとき少年はようやく気づいたのだった
ぼくは時代より早く生まれてしまったのだと
もしこのさき何十年もの時間をじっと堪えるなら
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いつか誰かが彼の足跡を踏んで壁に攀じ昇る
のを見るかもしれないもし彼がいま弊れれば
激昂した群衆は彼の屍を踏み越えて進むだろう
彼は後の道を選んだ意図して陰謀の犠牲となる道を
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若葉も芳しい5月の朝エヴァリストは徹夜
で起草した予感に満ちた論考を親友に託し
朝露を踏んで決闘の地へと向かった
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それは絶望ではなく人類の希望
への行進これまで誰も決して描くこと
のなかったやさしい幸福の環を描きつつ
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自由詩 朝露を踏んで Copyright Giton 2010-12-30 07:50:23
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