暁闇
楽恵



家は深く埋まるように石灰岩の石垣に囲まれている
来襲する猛烈な台風から屋敷を守るため頑丈な
けれどその石垣を越え いや崩しながら
夜な夜な犯しにやってくる 
波がある
生け贄を求めるように
寝ている私の体に許しも得ず覆いかぶさり
鼻と口を押さえて窒息させ
抗えない水圧で部屋を満たしたあと
気の遠くなる感覚を静かに離れていく
さらに遠い場所まで
波が
石垣の外へ去ったあと
時間を確かめようと枕もとの時計を引き寄せる
時計の盤に針はない
滲みながら何も動いていない
すっぽり喉奥まで飲み込んでいた息が
渦を巻きながら潮を引かせゆっくりと流れ去っていくところを
黙っている
告げるべき鳥がすべて死に絶え
鳴かない世界は明けることがない

島は二百年前、大津波に襲われた 
(明和八年三月十日)
津波は島を横断しいくつも村を飲み込んだ
打ち上げられた海底の巨石に風があたって
揺れる葉がこすれる音がし続けている
なぎ倒された植物の匂いがしてくる

起きだして窓の外を眺めれば
真暗闇に消えていく男のうしろ姿を見つけることができる
白く下る道を去りゆく
透けた背中を見送る
夜が明けないうちに
海岸まで歩いていくつもりなのだ


自由詩 暁闇 Copyright 楽恵 2010-12-24 11:53:50
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