絹をなでる
せかいのせなか


ハイツ和合にたずねてゆくと
花火ちゃんはフローリングの床でお皿をわっていた
ぺたりとWの字にすわりこんで
からだやわらかいんだ
ね、つめたくない?
訊いてからちがうちがう
なんでお皿なんかわっているのと言うと
ドラマを観た
と重くおもくうつむく
わたしはそこに世界の終わりみたいなものが
ずしんと沈んでゆくのをみた
ような気がしたけれど
はやとちりかもしれない
そう気をとりなおして買い物袋をおろした


さっき昼ドラでさ、浮気がばれた夫に激昂した妻がね、お皿をわるの、高そうなガラスのお皿を、それでパリーンってすごい音がしてね、あれはお皿がいいのか割り方がじょうずなのか気持ちの問題なのか、きゅうにわかんなくなってさ、いまたしかめてみてる


うつむきかげんに話す花火ちゃんの表情は
戦場に出てゆく兵士と実験中の科学者のまんなかくらいにいて
まつげが頬に長くうすく影をおとしている
ワンピースからつきでた膝のまわりに
古備前や伊万里やわたしにはよくわからない陶器がさんさんと砕けて
お骨みたいだ
花火ちゃんはほんとうにすきなお皿だけわったんだなとおもった


ねえ、とりあえずさむいよ
なにかあたたかいものに着替えてらっしゃい
わたしがうしろから軽く抱くと
彼女はのどになにか詰めたような角度でうなづく




このうちにはテレビがない
花火ちゃん、わたしたちはまだだいじょうぶだよ
声にはださず
絹をなでるみたいに彼女の髪にふれる

 


 


自由詩 絹をなでる Copyright せかいのせなか 2010-12-12 09:59:22
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