陪席する触媒
木屋 亞万

人を怒らせるのも1つの才能です
成績の面でも写真で見ても何一つ遜色は無いのですが
彼女のいる所で突然誰かが怒り出すことがあります
それも尋常ではない速度で怒りが爆発するので
前兆も何もないまま突然ブチ切れるものだから
周りにいたものは呆気に取られてしまいました
まあ一番驚いていたのはいつも怒られている彼女自身でしたが

彼女の才能が本格的に開花したのは
学校での怒りにさらされた日々を終えて
しばらく経ってからでした

そのとき彼女は裁判官でした
人口が増えつつある地域の地方裁判所で働いていて
まだ若手であったので裁判官の中でも
仕事は選べない位置にいました
合議制裁判のときなどには彼女は陪席になっていました
そして陪席であるにも関わらず
彼女は被告人に怒鳴りつけられたのです

それも裁判が始まるか始まらないかのうちに
被告人は顔を真っ赤にして口から白い泡を飛ばしながら
何やら叫びだしたのです
裁判長を一切無視して
ただひたすら彼女を充血した目で見つめておりました
爆発したように怒る被告人は白く閃光を放ち
ピカピカドンドンわめいておりました

本来なら誰かが被告人を制止したり
場の調整をはかったりするのでしょうが
誰もがその様子の奇妙奇天烈さに不意をつかれたものですから
ただ立ち尽くして被告人を眺めていたのです

被告人が白く光って見えたとき
その場にいた多くの人は自分の目を擦っておりました
馬鹿みたいにみんな目をゴシゴシしていて
作り事のような光景でしたが
目に張り付くような白が
目の疲れによる霞みやゴミか何かだと誤解されたのでしょう

しかしその男は本当に光っていたのです
何かを叫びながら最初は顔が赤くなって白い泡を飛ばしていたはずなのに
気がつけば白く輝きながら赤い火の粉を散らしていました
勘のいい者はその様子を見て「ああこれは爆発するかもしれないな」と思ったでしょう
鈍いものは「怒りを爆発させている」と思うだけだったのでしょうが
被告人はまだちっとも爆発などしていなかったのです
これが予兆だったわけです

やがて火花がパチパチと散り始めて
小さな白い花がパッと開いては消え、開いてはまた消えてというのを繰り返し
男の輪郭が次第にてるてる坊主のように丸みを帯びていきました
相変わらずその男は陪席の彼女に向かって何かを叫んでいます
残念ながら滑舌が悪くて何を言っているか聞き取れませんでしたが
もしかしたらそれはメッセージとしての声ではなく
被告人が壊れていくときの音だったのかもしれません

10分ぐらいすると被告人の声も低くくぐもり始めて
最後に一際大きな光を放つとシュンと大人しくなりました
もともと黒いスーツを着ていた男は最初の3分の2くらいの大きさの黒い塊になりました
そっと駆け寄った裁判長が触るとその塊はぼろぼろと崩れ落ちてしまいました

結局その裁判は始まることのないまま終わってしまって
その出来事をきっかけに彼女は裁判官をやめてしまいました
小さな裁判所での出来事だったので
幸いメディアの目には触れることもなく
ちょっとした報告書と噂話だけが残りました

そして彼女はその後、地球に入ってくる星を
怒らせて光らせて溶かしてしまう魔法使いに弟子入りして修行をしているそうです
その魔法使いが言うには裁判所での出来事は、彼女の才能の開花の場面ではあっても
その男が溶けた原因は触媒の彼女にはなく、むしろその男自体に由来するものなのだそうです
男が最終的に大爆発しなかったことに彼女の功績があるのだとさえ言っていました
そういくら言われても彼女の罪悪感は消えず、彼の命日には夜通し流れ星の作っているようで
今でもそれを夜空を彩る流星群として私たちは眺めることができるのです



自由詩 陪席する触媒 Copyright 木屋 亞万 2010-12-11 02:14:17
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