指先で語られる人生悲話
涙(ルイ)

別に中島みゆきを聴いてるからって
いつもいつも 暗いことばかり考えてるわけじゃないのよ
部屋の明かりを全部消して
膝を抱えて震えてばかりいるわけでもないの


別に精神を患っているからって
いつもいつも死にたがってるわけじゃないのよ
寝付けないまま迎えた朝には吐き気をおぼえるけれども
それでも毎日ちゃんとちゃんと 
定刻どおりに電車は私を乗せていくし
ちゃんとちゃんと 
日々を消化することくらいはできるのよ


忙しいことはいいことなのかもしれないわ
心を亡くすとはよく云ったものよね
余計なことは考えずにすむものね
生まれた意味や 生きていく確かな理由
お金のことしか興味がない母親のこと
何度メールしても返事もよこさない友達のことや
もうずっと昔に去っていってしまった人のこと
私を忘れていったたくさんの人たちのことや
私が忘れていったたくさんの人たちのこと
それに 重たい言葉ばかり吐き出してしまう
この出来損ないの詩人の指先のことも
忙しく働いているときだけは思い出さなくてもいいんだもの
おかげで最近の私はとても健康的なのよ


健康的な そう健康的なはずなのに


一日の終わり
街灯の合間を縫うように身を縮めて歩いていると
とたんに顔を出す不安定な自分


いつもいつも 死にたいなんて考えてるわけじゃないのよ
ただ 人との付き合い方や距離のとり方
34年も生きてればそれなりに解ってはきたけれど
いまだに恐れてしまうのよ人というものに
過去を持ち出すなんて卑怯だけども
小さなことがいちいち気になってしまう
私に期待なんてしないで
私はあなたが思っているような立派な人間じゃないの
本当の私を知ったらきっとうんざりがっかりするに違いないもの
昔から人を怒らせるのは得意だったから
このやさしい人をいつか必ず怒らせてしまうに決まってる
みんな私が悪いのよ 生まれたことが間違いだったのよ
生まれてきちゃいけない存在だったのよ


    オマエ ナンカ イラナイ
    ダレニモ ヒツヨウトナンテ サレテイナイ
    イツマデ イキル キ デ イルンダイ

   
こんな自分 消えてなくなってしまえ
こんな自分 ズタズタに切り裂いて
姿かたちも残らないように全部全部燃やして灰にして
地中深くにうずめてしまいたい
2度と陽の目を見ないように


一体私は何を期待しているというのだろう
あの人がもどってきてくれるとでも
優しい言葉のひとつもかけてくれるとでも
向こうは私のことなんて
遠の昔に忘れてしまってるというのに
どうして私は忘れられないのかしら
あの人だけが優しいわけでもないのに
他にも男はいくらでもいるというのに


途方に暮れてふと顔を上げてみると
今にも落っこちそうな三日月が
冷たい闇の中でぶらぶら揺れていて
なんだかそれが深く強く
私の心に突き刺さった


ひとりで生きるって決めたじゃない
弱みを見せないって決めたじゃない
誰が私を必要としてくれるかじゃなくて
私じゃなければダメだと思ってもらいたいと
そう決めたじゃない


人が怖いのは
きっとその人に期待してしまっているからなのよ
こうでなきゃいけない自分と
こうしてもらわなきゃいけない自分
勝手に決め付けて勝手に傷ついちゃってさ


心が不安定になるのは
まだまだ自分をあきらめていないからなのよ
次に進むためには
立ち止まらなければならないときだってきっと必要なはず
前を進むだけが前進じゃない


見上げれば漆黒の闇はどこまでも続いているし
人生もきっとそんなものなんじゃないかしら
何処まで続くかわからない闇の中を
月明かりのような青白い光をたよりに
辿っていくより他ないんだわきっと


過去はいつだって私を自由にしてくれないし
現実は容赦なく私を弄りつける


それでも
次に何が起こるかわからない世の中を
生きていくのも
悪くはない気がするわ


疲れた体を引きずるように部屋にたどり着くと
思いがけない人からの着信ありのメッセージ


「もしもし、元気にしてますか」



「もしもし、私は元気です」


自由詩 指先で語られる人生悲話 Copyright 涙(ルイ) 2010-12-08 03:31:00
notebook Home 戻る