浴槽の湯
乾 加津也

配管の網の目に棲む

浴槽にためる湯が 水位を
どうするのかを見ている
うらなりの子のように産みつけた
執念をよびさます

学くんに貸して戻らなかった鍵盤も美和子さんにそっとわたした恋文も
もう 濡れてつかえない
( 呑まないの
( 襲わないの
みずの序列が
まるく尖りながら
徐々に函に汲みあがる

はれた眼球を押さえ
雁垂れになって
足から入る
おもてのようなものが
拒絶のようにぷるんとたわむ
生き物がきたと わらいがおこる
この浴槽ごと
赤水のように漏洩する金属の管(くだ)には
わたしの事故で
運ばれた病院から抜けだした人の消息不明も溶けたまま
わたしのいまを(ここで何度も)
たちあがらせる棘がある

 首まで浸かる
 太古からの羊歯たちの繊維質

ほんとうは巨大なのだろう
すでに声をなくした水晶がわたしを見る
わたしは電脳秋葉原で交差してひらく黄昏と
寄る辺ない犬の放浪を沈め
これから着床する
苦い薇(ぜんまい)の贐(はなむけ)に
族をもつ元素記号を
付箋にして
底まで
送る



( 屁を吸って

 藻があらわれた



湯からあがり
( 分類がやみ
( 火消しも帰る
処刑のような躯に
すがりついた水晶のかけらを集めて目薬にする

もどれない何かで
まどう 水位よ
涙をたたえられるというなら
浴槽にわずかな睫をのこし
配管の網の目に薔薇の花を降らせる
熱の砦になれ




自由詩 浴槽の湯 Copyright 乾 加津也 2010-12-04 18:18:25
notebook Home 戻る  過去 未来