狂女の独白・2
salco

あたしの家は電車でふた駅だけれど
そして背伸びをすれば見えるのかも知れないけれど
ここは遠い外国だ
あたしは外国に来てしまいました
ここでは花も変わった名前で違った風に咲く
それからあたしには
あたしには、お前達の喋る言葉が解らない
異国者になったから
Looda、Looda、Woo‐woo

だからお人形の名前は教えてあげない
お前達には、だあれも
空は近く、ベッドは硬い
空は硬く、鉛色に眠る
ああ、どうかもう、ぶたないで
脅かさないで、ぶたないで、ぶたないで、ぶたないで
父も母も、兄も弟も、友達も恋人も
夫も息子も娘までもが、あたしに手を上げる
あたしは髪を長く編んだ
七十四階の窓から逃げられるように
Woo‐woo、Lolo、Lolo

足元で千万人の小人が踊る
熱して油煙を上げるフライパンの上
泣きながら奉祝の踊りを踊る
もっと見えるよう踊るよう叩いてやる
そうすると小人はもっと泣いてもっと跳ねるから
ずっと賑やかであたしも寂しくないのだ
花輪を作るから、みんな見においで
あたしの国まで見においで
窓から投げてやる事は出来ないの
地に叩きつけられた花は、もはや花じゃない

あたしが白い服を着たのはこれで三度目
一日めは生まれた時、
二度目は婚礼で三度目は死んだ日
そう、生まれて三度目あたしは死んだ
白い白い世界で一番真っ白い
レースやフリルに飾られた一等綺麗なよそ行きを人は
初めてあたしに着せてくれた
その時あたしは蒼く冷たくこわばった
痺れたようなこの足を
もっと蒼く冷たくこわばった
痺れたような霧の水面に恐る恐る踏み入れた
ちぎり取られた白い花弁が一面に
ひっそりと漂うているところ

ときどき昔を思い出します
お匙でえぐった肉片みたいにベッドに並べて
少女の頃よりずっと小さな指先で触れてみます
神経はその肉の中に生きていて
あっ、―― ああ、痛いだけのこと
いつか春が来て、空がこっそり合図をくれたら
こうして毛布の中で三秒待って
何かの色に化けて、ここを出てやろうと思うんですよ
だってここは知らない人ばかり
永遠にあたしの知らない人ばかりだから
あたしの怯えもなくならないでせう?
だから耳が水疱だらけになって
潰しても、潰しても水疱だらけ

何故冬なのか
ここに来てからずっと
いえ、ここはずっと
風景が冬になっているのでねえ
だから手紙を書いているの、誰の悪巧みか
あたしにはちゃんと判っているから
これをこうやって、
一日たりとも欠かさず出し続けているわけ
あすこに毒蜘蛛が見えるでしょう?
あいつが糸を吐く時に何と言っているか、  ええ?
全部知っているって
ここが透明だから何もかもお見通しなんだってさ!
ほら!
ほら!



ええ、あたしは早く起きます
誰よりも早起き
風よりも雲よりも、太陽よりも
だって太陽はあたしの目の中に住んでいますから
こちらのと、こちらのと、一つずつの中に
そうして決して沈まないから、あたしはいつも物がよく見える
人々はみんないて
一度点呼を取ろうと思って、こんなに息を詰めたままでいたけれど
駄目
みんな勝手に喋るんだから
大声を上げるのは、だからみんなを黙らせる為なのよ?
だってこの中の大きな町の住民を一斉に黙らせるなんて、並大抵の事じゃできませんから
それでもこの人達、言うことを聞かない
出て行ってもくれない
あたしの民ですから
あたくしは女王で、もう嫌なんだけど、出て行くことも出来ないの
眠る時間もありません!
でも、これは秘密ですよ
誰にも話しちゃいけないのよ
―― しっ
外国人のふりをするの!


自由詩 狂女の独白・2 Copyright salco 2010-11-30 20:48:02
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