NAI(内)
ホロウ・シカエルボク




なにも空を飛ばない
なにも地に潜らない
なにも海を泳がない
なにも地上を歩かない

誰も舞台で歌わない
誰も舞台で踊らない
誰も舞台で奏でない
誰も舞台で演じない

僕が見ていたのは空っぽの空
僕が見ていたのは空っぽの海
僕が見ていたのは空っぽの

君の身体には感触がない
風船を抱いているみたい
昨日あいつを殴り飛ばした時と
まったく同じ徒労感だ

ブランクディスクをトレイに流して
空白の再生を聴いている
僕はまるで魚のようで
ささやかなひれで空気を泳いでいる

所定の時刻に目覚ましは鳴らない
レンジフードを温めても
冷たいままで食べなきゃいけない
宅配便は運んだふりだけする
だから僕も何も持たずにサインをする

考えたけれど何も出てこない
書こうとしたけれどペンシルに芯がない
排泄をしたけれど胃腸は空っぽで
爪の先ほども便器は汚れなかった

印字されなかった本を読んでいる
枠線だけの漫画を読んで大声で笑っている
大きく開けた口からは空気の漏れる音すら出てこない
最後の頁をめくったら最初のページに戻る

鏡を見ても名前が思い出せない
髪を切っても名前が思い出せない
頬を殴っても名前が思い出せない
奥歯を抜いても名前が思い出せない

僕は誰だ
僕は誰だ
僕は誰だ
僕は誰だ

身体を捌いたら何かが出てくるのだろうか
内臓の形をした記憶がボロボロと溢れ出るだろうか
出てこなかったらどんな思いで息絶えるのかと思うと
怖くて出来なくて刃のない包丁を置いた

星のない夜で
シーツのない寝床で
鳴らない目覚ましで
明日とは違う朝で

ベルが鳴る
たぶん誰かが



訪ねてきたりした
わけじゃない




自由詩 NAI(内) Copyright ホロウ・シカエルボク 2010-11-28 22:28:47
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