PEG
乾 加津也

通り沿いにガラス張り
湯島のちいさな洒落たカフェ ペグ
オーナーの娘だろうか店員女性にときめくわたしは
「おはようございます。玄関マットの交換です!」
の発声加減については役者なみだ

マット三枚に一分とかからない
埃をたてずに手際よい交換のあとは
細い指先が伝票にサインをする

まぶしい笑顔は体に毒だ
「ありがとうございました」と潔い
オーナーは気さくでねぎらいのことばもくれる
この格好では駄目だ
いつかひとりの客として
窓から通りを眺めてみようと思っていた




ぬけるような快晴
窓際のテーブルで珈琲をもちあげる
店名が変わり
あのオーナーひとりのようだがそう この香(にお)いだ
開店まもない初めての客にすこし気を遣っているのがわかる
そしてもうすぐ もうすぐわたしはあの正面を入ってくる
十八年の時も一跨ぎして
世間知らずの
ひたむきな青年が
めいっぱいの明るさを届けにくるのだ

それをしばらく
湯気をたたせて
待っている


自由詩 PEG Copyright 乾 加津也 2010-11-22 00:04:36
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