黄昏の比率 / ****'01
小野 一縷


西の青いカーテンには赤く
南の赤いカーテンには青く
風を糧に立ち昇る白い炎が染まりゆく
窓辺に徐々に映る屋根や壁は熱に揺らいで
立ち昇る蜃気楼の輝きに眠りながら焼かれ続けた眼は
夢の終りにひりひり煙い灰色の朝を迎えるだろう



見つけた
打ち上げられたばかりのオウム貝の渦巻の奥に眠る願いごとの秘密を
貧血めいたうつつの中に

感じる
貝の紺色の体液の色濃い闇に包まれて
隠されて秘密に仕立て上げられた戯言が
昼夜を交互に潜り行く戸惑いをも飲み込んで

見える 聞こえる
乾ききって鼓膜のように薄くなった
うず巻の中心を貫いてゆく
数種の速さの風と 数種の色の空気との摩擦音

聞こえるんだ
巻貝の貝殻の思い出が歌う 正確無比の波の音が
知覚を鋭く研いでゆく音
そう  耳鳴りよりも鋭利な


次に 見た
遥か高い空を目差して手放した風船の数々を
曇り空の下で見上げている人

そして 聞こえてきた
遠くを撃つ祝砲の音が 何度も突風を叩く音
心臓が破裂する一歩手前の心地良い動悸の中 逞しく
悠々と進む騎馬の蹄の音が浮き立っていた
訓練され尽くした兵士達の足音の裏をとって

彼らもまた見ていた 色とりどりの風船の行方を 
漠然としたまま ほったらかしの忠誠心の揺らめきの合間から

見えた
空へ昇る風船と 戦地へ向かう兵士に 笑顔で
陸橋の上から 子供達が手を振っている


そういえば
休憩を挟んで8時間 流れ作業で造っていたんだ
いろんな音の いろんな色の まじないごとを目的別に
染み込んで消えなくなった黒い手の皺の数

やっと聞けた
安堵と諦めを絡めて工場棟から漂ってくる 足音とチャイム


思い出した
真緑に濁った深海の底に沈んだ巻貝が
希望を込めて手放した泡粒の為に
夜を低く海へ触れるほど低く呼び寄せて
漆黒の中へ小さな気泡が割れて散って
世界中の海の波は一斉に静まって
波間へ静かに舞う希望の細やかな飛沫には 
祈りに似た厳かな響があったこと

そう
色濃い夜に浮かぶ月の鋭光に まじないの呟きをかざせば
その唇をなでるように寄り添う祈りの歌は
生まれたばかりの霧の冷たい柔らかさ

見ていた 
巻貝の望みごとを想いながら
子供達の為の死の行方の数々


知っている
カーテンは燃え尽きていたこと

悔いている
まじないごとを希望と呼んだこと
祈りを希望と信じたこと


見た
風船の行方
兵士の行進
子供の視線

くすんだ
巻貝の秘密に






自由詩 黄昏の比率 / ****'01 Copyright 小野 一縷 2010-11-13 18:30:19
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