臨床詩作法 / ****'04
小野 一縷

2004/03/04(Thu) 19:50 投与物質無し

詩とアフォリズムとの架け橋 その過程であること

今回に於いては ただ実験自体であること 
その未完へ向けての 矢の飛行であること

日付けを変更する機能のない時計であること
彷徨という旅 混迷という順路を辿って
距離数を呼吸数で計ること

言葉が乱雑に散らかった思考領域に意思の針を浸し
狙った言葉を刺し捕らえること

夢想の始まりと終り 幻想の始まりと終り 
幕開けと幕切れ 夜の訪れと夜の終り 心理状態の移行
その行く末の時々に落ちている 詩の起点を 自覚的に拾うこと

現出している実際時間 1min/60secの経過を意識しながらも
その進行係数の増加には 思考の指向性を伴わせないこと
むしろ 反比例させること 多方向き
斜線と曲線が交差し離反してゆく様を 脳裏に複数投射させること

感傷と感慨を意識下において 今は言葉を摘出しないこと

詩句と詩句を繋ぐ 空白な空間に自生する詩情
詩足らしめる それらの要素は不可欠であること

意識構成原子図 一見乱雑に見え 
しかし微分整然とした その広大でもある図式を
詩作によって試行すること

各身体細胞の誕生と死滅に関わる微細信号の発信に合わせて
詩の最小単位 文字の発生速度数を絞り込むこと

∞型の真空管の中を飛び交う電子イオンの乱数演算の
過呼吸的リズムに溺れること

0を破壊する勢いで漏出する虚言数を知覚しきれないように
音で表せるフォーム 色で表せるフォームにも限度がある
そこで文字で表すフォームの中に 音階や色彩を取り込むのは
アートフォーム 表現形態としての芸術性の真価を高めるとも言えること

短形散文を繋ぐ これら言葉の経路には 今のところ何の仕組もない
これから 幾つかの仕掛けを発現させるとしよう

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 同  20:24  物質T 3mg投与

夜 星々の影に ぼくはいる

永遠に続くエコーがある
その子音が引いてゆく色は 解る
一色じゃない
混ざり合い変化し続ける複数色だ
ただ 母音の発光は過去の色 解らないまま

冥王星に 今 正午が訪れる

銀色のセラミックの容器の中に
生れ落ちた 赤ん坊が泣いている

何かが 不吉に 爪先に冷たい
聖水は メタノールだった
バプテスマを終えて
体中の熱を揮発に連れ去られ 凍えた

拘束衣を身に着ける
ボール状の猿轡が ぬらぬらしている
この目 死の間際にある者の瞳孔に
痛々しく 黒々とした焔が 自由に燃えている

路面を濡らす ガソリン
薄い液体色 桃色 空に 透明に揺れて昇る
その時の 音を 聞いていたい
いつまでも 眠るのを 忘れて

空にある 大きなハープの弦は 細い光線群
あまりにも それは鋭利で
誰にも 触れられない
その音階は オーロラの揺らぎだって御伽噺

発火する赤血球が 心臓の吸気バルブへと
吸い込まれる 銀色に圧縮されて 透明に燃焼する
肺に その熱が伝わってくる 吐く息が 熱い

過剰敏感 今夜 ペン先の 転がるボールが
歪で仕方ない 真球には程遠い
書き味は悪いが 字を生々しく
罫線上に 沁み込ませてゆくには 適している

苦悩より難解な快楽 苦痛に程近い酩酊

砕け散ったガラス 
それら破片の 切れ味にだけ宿る
光の素粒子を 零し続ける 
まるで 太陽の中の 永久氷山

銀色の氷霧を吸い込む
脳天を内側から刺し突く感覚 脳に伝達する微粒電子信号
それらの受信時に反転する視界の正確な回転角度を計りながら 
その状況の言語化のために甘い味のする記憶に溶けて温く濡れた辞典を繙く 

鼓動に掻き消された記憶の諧調の碑銘は
透明に近い銀色で現れる 黒い太陽が沈んだ後
甘く苦く漆黒に染み付いた思い出とも呼べる
一連の記憶信号の結合線上に 微細に

摩擦される弱電子音が零れ落してゆく
大空の小鳥の軽やかな断末魔の飛行に似た 徴と響
 
今が進行している
その起点発生の永劫反復運動の原動力は
時間と空間の境界線を往来する光速微粒子の流れ
またその通過痕 金色の水が銀色の水を裂いてゆく
水 酸素と水素 その接合面に発した瞬間熱

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 同 21:19 物質C 20mg投与

脳裏という醒めながら沈黙した暗幕を 暗い毛並みの獣がよぎる
青い炎を脚に灯して 蒼白い吹雪を纏って
遠い雷鳴を咽に鳴らし 雷光を宿した黄金の眼差しで

雷轟でありたい

常識という柵に守られ 良識という甘草を食む
いつも反芻しては 安らかな輪の中を ただぐるぐる回る 家畜 
その豚や牛どもの 危険そのものの 雷
 
新しい表現を生む者は 今この時 何処へ行っている?
表現された物の深度を見抜ける 真の傍観者は今 何処へ行った?

雷轟でありたい

家畜を雷の蒼さで刺し殺し その燃える焔で 
夜空に描かれた星座図を照らし 徴 言葉を見つけ出す

家畜 殺される為の仕組みの中に 生まれた
否 そんな風に 育った 家畜の死は 
ただ沢山の 仲間の死の順序を早めるだけ

もう一度 もう何度も 何千回も この生を繰り返す
誰かとぼくの関係も 何度も 離れては寄る 波のように無限に 
一度も その規則に 逆らえないまま

今 今のみ操作可能 この一瞬は永遠に繰り返す 
永遠に程近い周期の 時間は円 やがて 戻ってくる 
ここに
詩を書かずには いられない 
ここで
言葉を 無限に溢し続けていたい
 
ぼくは牧犬にはならない 牧人にもならない

狩りの詩を歌う 
鐘楼から紅い鐘の音 夕暮れを背にして
夜が始まろうとしている 闇 目蓋の裏と同じ 暗闇

夜の中に訪れた夜 本当の夜 

狩りの為の夜の詩を歌う

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 同 22:47  物質T 2mg投与

暗い波が打ってくる 寄せてくる高く奥深く スローモーション
空間に波動 震動 轟く頭痛に似た冴え

夜だ

銃じゃない ナイフじゃない 針じゃない
ペンを取れ 一番の上物の

夜だ  今夜は この詩の為に 
津波のような圧力で 一息に訪れた

注ぎ続ける 血液流動の経過 生命の進行
僅かでも 硬度を高めた 時間 それを 削り続ける

血走ってゆく 眼球とノート 藍色に
繊細に鋭利に染み込んでゆく 
この この時の 時間色に滲んで 変色してゆく 言葉

獣が鳴いた 
遠吠えが 月を一層輝かせる 雪のように冷たく
呼ぶ 冴えを 絶対零度に限りなく近い 引火性の
焦点を絞れ ドリルのように螺旋に 何処までも硬く 回転させる
思考を 螺旋に回せ 回転軸は 生命の進行位相軸に 同調させる

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 同 23:52 物質C 40mg投与

甘い象牙の粉 吹き荒れる 枯渇した湖の跡の上
灰色の古木が銀の砂と零れる 硬い 罅割れの隙間から
立ち昇る 暗く熱い土の匂

詩句と詩句を繋ぐ この段差のある経路を今 歩いている
回廊 ずっと遠く 先に 光が見える あの光は
出口だろうか 入口だろうか

ここは 罌粟の香の煙が 何処までも あの光まで 流れている回廊
かつて「軽金属の天使」と呼ばれた詩人が そう
また彼が伴う 別の「燃える頬を持つ天使」若い詩人と ずっと
想い歩いた回廊

ここは硝煙を絶えず好んだ 「小銃を携えた液体金属の天使」が ずっと
こよなく愛した 
遠く 長く 重く 熱く 緩やかな 回廊
そこを 一人で行く 暗い中を 遠く針のように射してくる 光に向かって
眠りから 長い時間をかけて 目覚めてゆくように滲入する

胸が 熱に罅割れ 八方向に 裂けた
胸に太陽が灯ったんだ

天国と地獄の間で 天使が煙草を吸う
それを真似るには ここは恰好の場所 甘い煙草を 吸う

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2004/03/05(Fri) 00:42  物質N 0.3mg投与

ラジオノイズの中 心地好いざらつき 皮膚がじりじりと
焼け付く痛みで 甘く震える

真直ぐ 吐き出される煙の糸 何本も 重なっては互いを解き合う

自分自身の 宿命を全うする能力を 意志を今 どれくらい
持っているのだろう そして どれくらい消費しただろう
詩 詩の為に 詩を書いている これは運動だ
詩は精神の均衡を保ってくれる ここが 
精神の振幅の 大きく広い領域 
安定 停止に似せて ゆっくりと傾斜してゆく帯域

何も支払わずに 何かを得るだなんて そんなやり方は 知らない
脳神経 内臓 各細胞 染色体が また 
ペン先に投身自殺する 血痕が文字になって 血走る瞬間
快楽は鋭い閃光となって 脳髄の奥 暗闇を刺し切る
白金の光が 散って 走り 消える
その時 発生する波紋に乗って
深く重く甘い眩暈が じっくりと 幾重にも降りて来る
目蓋に浸透して 暗く遠く緩く 波打つ
酩酊 
静かだ 温く 深く 硬く じんじんと静かだ
まるで音楽を捉える 聴覚の呼吸のように 
空白に澄んでいて 静かだ
静妙
震えている 心地好く 熱に震動しているんだ
この熱を 君に伝えたい 君をこの波で覆いたい
そして 君が宿す その熱が ここに伝われば
君は確実にぼくのものになる ぼくは君のものになる

黄金色の灯りを揺らす ランタンのように
胸は暖かだ 心臓を太陽の象徴として 夕陽に掲げたい
人格を持った そんな安直な偶像神を ぼくは信じない
熱が裂いてゆく 身体中を 血になって 熱く深く
ぼくは 太陽を 信じる 熱を信じる 
そして雨 雪 冷気を信じる 温度という事態を
新しい季節の訪れを 疑わず ただ信じるように

心臓が刻む鼓動が 行き着く先 
遠い 遥か遠い 大地が 揺り籠のように揺れている
懐かしい鼓動だ 暖かい 香りがする

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 同 1:48  物質A 50mg投与

短い針の雨の速射だ
濡らされた地熱は温度を急速に上げる
地面が銀色に沸騰する
蒸発する気体を逃すな
透明な靄が消える瞬間と空間の位相時差 隙間に 
視線を刺し込め 
そして 撃て 言葉を 打て
その境界線に 文字列の輝きが 揺らぐ時
耳の穴の奥 5cm進んだ場所から 垂直に8cm上
そこに収束するだろう 血液が滲み 少しずつ
そこに広がっていくだろう 切り裂くように 甘く苦く
詩が

快楽だ
詩作は快楽装置の作動だ
操作しろ 的確に有効成分を抽出 吸収しろ
不純物は残留する 二つの眼球に沿った球形の空間に
そのままに 融け出すのを 待て
もう一度 それを蒸留しろ 涙を流して
舌の先で その苦さを ただの塩分と分離しろ

言葉という快楽物質は 何度でも沸いてくる
純度の高い 結晶したそれを 逃さず刺し止めて 
鏡の上に 綺麗に並べろ 
一行一行 詩列を吸い込んで
深々と 鋭い暗さに 冴えろ
湧かせた言葉を取り込め 循環しろ 繰り返し 幾度も
冴えてゆけ

濡れた窓 滑る水滴 歪む景色
眼球はいつだって 濡れている それが分るだろう
ペンのインクは まだまだ干乾びない
紙の上にだけ 乾燥 言葉として 結晶しろ

筋肉繊維の振動を 血液に浮いた脳の揺れで感じろ 
骨格の揺れに 眼を閉じて酔え
軟骨の軋みを 耳を塞いで貪れ
それでも飽足りない 
詩を書く 今がその時期だ 
生み落とす快楽を 徹底してしゃぶれ 熔けるまで

湧いてくる 今が沸点 
何度も 何度も繰り返せ 今度も逃すな
視覚から聴覚へ 聴覚から触覚へ 触覚から臭覚へ
臭覚から思い出せ 次の一行を
時間を跳躍して越せる唯一の瞬間 創造
一歩先の未来を 思い出して決定しろ その一字で 次の一字で
言葉を打ってゆけ 先へ 先へ 光の切れ味で 進行しろ
闇の中真を 尖端 限りなく零に近い点で 刺せ

この詩は 進行する 
未来が 闇の中へ 注入される 
肉の中 血管に 詩句を送り込め
静脈じゃない 動脈に 深々と次々と突き射せ
未練がましい寿命を腐らせて 言葉が吹き荒ぶ
この瞬間の 文字の震える残照が 日常に濁った眼を
黒く黒く重く 焼く 

雷轟だ 
撃たれろ 蒼白い稲妻に 刺し貫かれて
致命的に凍えろ 脊髄が凍結してゆくだろう
銀の粉と零れる 冷たい文字を吸え
手に取れ 両手で掴め 放射線を放つ原子を持つ詩句
それを 突き立てろ 胸の熱に
冷めやらぬ 逆巻く 滾る血を 凍えさせろ
刺さる冷たさを知れ 意識 尖れ 刺せ 
沸騰している言葉だけを 脈動する詩句を 
血生臭い脊髄を 撫でる圧力で貫通しろ 
振り回して 言葉を ずたずたに正確に 緻密にぶちまけろ 
飛び散って 凝固 
思考時間質量上に増殖する 無意識の小数点
雨と降らせて 粉砕しろ
白銀に霧散する 詩句の原子 その輝きだけを 追う
 
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 同  3:07  物質T 4mg

乱雑に輝いている黒い水晶を 黒い金属で砕きたい
粉々に鋭利な黒檀の破片で 夜空を裂いてみたい

星が降っている 雪のように 薄く ひらひらと
手の平に触れる星は 冷たく掌を焼く

エーテルに濡れた人魚が 有毒な波打ち際に昏睡している

暗闇に永続して鳴る 雨音が氷結して 耳に痛い 星々が吹き突いてくる 
冷え切れた白い風が 柔らく冷たい地表を 蛇のように這ってゆく

赤い川の 静かな流れ 透明に浮かぶ壜の中 
羽根に 黒曜石の瞳を持つ 金色の蝶が瞬きしている

虫が鳴いている 季節の一つの終りへ 生命の一つの結末へ向けて 
冷たく黒い夜風を 羽根の間に吸い込んでは
一匹 また一匹 鳴き終える

冬と春の正確な中間に 吹く 吹雪に包まれる時
誰もいない 遠く ずっと遠くの海岸に 静かに打ち寄せる
銀色の波が運んでくる 季節の変更線は余りにも 細く薄い膜
揺らぎ
心臓を真鍮の鍵で 解剖される夢
胸が痛い

脈拍の波間に形成されず 零へと帰着する静寂は
計り知れない色合いの時間を 緻密に組織している

忘却された記憶と 消費 消去されてきた過去の入口で
油彩色の眩暈が水溶性の痙攣を 四肢に冷たく溶かし込んでいる

誰もいない 石造りの 冷えた回廊に 
夕陽が音になって 毀れてゆく 静かに 少しずつ 積もってゆく
太陽の光の音の層 その表面に 臭覚を 漬け浸して
身体という範囲を嗅ぎ付けて 脱ぎ捨てる

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 同  4:06  物質T 3mg C 20mg A 25mg 投与

速い
甘く 熱く 遠く 重く 軽く 温く
脳が締め付けられる

記憶という 揮発する溶液の 薄い陽炎そのものになって 
氷霧舞う半球の中真に 点滅する夕陽に 照らされ 
星々を見守る月のように 鋭く
星座を抱き締める闇のように 強く 焼き付けられる 

血が 重油の色合いで 甘苦い透明な夢の中の 
澄んだ泉に 雲煙のように 文字になって 沸き上がる

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 以上、詩の終りをもって、この実験を終了する。
 
 ・実験に用いられた物質T、C、N、Aは上記、詩に
  記載された容量、mg数を投与することにより、
  詩に其々特徴ある変化をもたらす事が証明された。
  これら物質を複合して投与する事も有効である。
 
 ・各物質は被験者が本来保持している「詩作における意志」を
  助長はするものの、それ自体を超越し「全く新しい詩作における意識」を
  発生する等の効果は、被験者の他の詩と比較したところ
  これと言って見受けることは出来ない。  


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 同  5:37  投与物質無し


冬の朝
残留物が再び氷を張ったガラス管
毒死した灰が浮かぶタール液で満たされたポット
透明な硝煙を昇らせている注射器の銃口
見慣れた光景

朝陽が 降りしきる雪を 輝かせている

窓に凍み付いた氷が 一輪 白い朝顔を咲かせている

今日こそ 新しい 本当の 今日であって欲しいと
ただ そう願う

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 同  6:37  投与物質無し


支度をする
仕事へ向かう 









自由詩 臨床詩作法 / ****'04 Copyright 小野 一縷 2010-11-03 13:37:24
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