黄昏の霊廟 ★
atsuchan69

やがて忘却の海辺に打ち寄せられた白い欠片、
朽ちた流木や貝殻の転がる旧い別宅の荒れ果てた庭に
ある日。螺旋に絡みつく二本の蔓の梯子が垂らされていたが
それはあたかも、私には儚い夢の終わりのようだった

 「ええ。怖くなんかないわ」
 ――そう言って、

白い縁取りのある紅いキャミソールドレスの君は
一艘の小船に乗って訪れた数人の死者たちのまえで
花飾りのある虚空に吊るされた不思議な螺旋の蔓を見あげた
黒衣の死人たちも、また彼女を囲んで黙って見あげる、

 「いったい、どこまで続いていると思う?」

傍らにいた私の手をとり、可愛げにウインクする
彼女は、太い蔓に巻きつけた籐の踏板に片足をのせた
思わず、駄目だよ! と私は言った。
あ、登っちゃいけない!
無理やり蔓を握ると、私の指に棘の痛みが走った

その手を庇うや、私は指の腹に滲んだ微量の赤を見た
まもなく螺旋の花飾りはゆっくりと回転しながら上昇をはじめ
遠い記憶の中でさえ味わったことのない鉛色の暗い孤独が
華やかな薔薇色に染まった夕映えの空に背いて、
虚しく亡霊のような淡い影を地上に落とした

身を仰け反らせて天へと登る女と地上の死人たち、
そして光沢のある朱子織の衣を纏った女は
甘く匂う花飾りのある鋭い有刺の縄梯子とともに
アオビユやイヌビエや猫じゃらしの茂った海辺の庭を離れて
宙にぶら下がった両腕の手指を最大限に伸ばした

 「いいのよ、これで・・・・」

たった数人の今は亡き友人は白く能面のような顔を作って
輪のように私を囲み、サンダガラ、マギ、ナコステ、と口ずさむ
――サンダガラ、マギ、ナコステ、
美しい夕映えが湿った潮風とともに生と死の際に打ち寄せて
あえて形容し難いその崇高なる想いに私の声も震えて
――ナビラ、アシュ、アマンダ、マギ・・・・
やがて深い哀しみの海の果てに夜の帳が降りはじめたが、
尚も友人たちと私は、得体の知れぬ唱和をつづけた

だがしかし、ふと妙な気配を感じて
私はふり向きざまに息も止まるほど呆然とした――
黄昏の残光のなかに広大な庭園が拡がり、
背後には白く巨大なイスラム様式の霊廟が聳えていた

私の居場所はすでになく、見回すと海辺の庭も死人たちもなく
夕映えの空を見あげても花飾りのある有刺の縄梯子もなく
身を仰け反らせて天へと登るキャミソールドレスの君も、
ふたりだけの束の間の時間も、今日までの経緯も
それどころか、たった今の今さえもが・・・・総て消失してしまったのだ

そこには四本の小塔を従えた中央のドームがあった
まるで天文台を想わせる円い屋根はよわく柔らかな陽に照らされていた
大門から水路に沿って近づくと、頭にターバンを巻いた男が現れた
立派な口髭を生やしたシーク教徒の兵士はなぜか立ち止まり
やや小難しげな顔で同じように足を止めた私を睨むと
ただそっと右の手を、躊躇いながらも徐に差し出し、
地球上のどんな言語よりも確かな握手を、

この私に求めた )))















自由詩 黄昏の霊廟 ★ Copyright atsuchan69 2010-10-29 00:19:25
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