木情絵巻
Akari Chika

柳の木の下で
若い女が泣いていた
亡くした夫の遺影を抱いて
帰ってきてよと泣いていた
しょんぼりとした後ろ姿は
しだれた柳の枝のよう
風だけがそよそよと
後ろめたそうに吹いていた

桜の木の下で
老いた男が笑っていた
今年も咲いたと笑っていた
女房への土産だと
花びらいくつか懐に詰め
足取り軽く去って行った
七分咲きの桜が
少し笑って手を振ると
辺りに良い香りが漂った

松の木の下で
幼い子供が泣いていた
松ぼっくりに打たれたと
頭をさすって泣いていた
母親が駆け寄ると
その胸にしがみついてますます泣いた
我が子をよいしょとおんぶして
松の木じろっと睨んだら
すまなさそうに萎れる松が
気弱な夫の姿に見えて
親子は揃って吹き出した

柿の木の下で
年頃の娘が笑っていた
熟れた柿が一番のご馳走と
かぶり付きながら笑っていた
その腕は華奢で白く
その目は落ちくぼんでいて
重い病を患っていた
来年もまた食べに来るねと
木の幹を優しくさする娘を
励ましながら柿も笑った

少し 寂しい微笑みだった


自由詩 木情絵巻 Copyright Akari Chika 2010-10-20 02:06:51
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