あたしの二乗
夏緑林

あたしをアンタで割らないで
ゼロ掛けて 消し去ってくれた方がマシよ
「・・・そこまで言うか」
憤慨する俺を尻目に
おまえはコップの水に飛び込んだ
上白糖のように
一瞬で水和して
マニキュアだけが
指示薬のように残されて
コップを握りしめる俺の手は
あきらかに震えていたが
決して出会うことのない
ことばが欲しくて
俺は一息に飲み干した

アンタ馬鹿ね
あたしは代謝されずにアンタの体を廻りつづける
しかもあたしは析出しないから
つまりあたしは確率的な存在で
形がないから濃度で自己主張するの
そしてアンタはことばを期待する
「そっ,それはこんな反応と思えばいいのか?」
   あたし ⇔ 俺 + ことば

「この場合,俺の常識の程度が平衡定数になるから・・・」
   俺の常識 = ([俺]×[ことば])/[あたし]

「んでもって,両辺の逆数の常用対数をとると・・・」
   pことば = p俺の常識 ― log ([あたし]/[俺])

だからふざけんな あたしをアンタで割らないで!!
「ごっ,ゴメン じゃ式を変形して・・・」
   pことば = p俺の常識 + log ([俺]/[あたし])

アンタって小賢しさだけは天下一品ね
「くっ!五月蠅い・・・ え? でもちょっとまてよ,この式・・・」
鈍いアンタもようやく気付いたみたいね
「今,俺とおまえは対等に会話してるから・・」
   [俺] = [あたし]  
   つまり log ([俺]/[あたし]) = log 1 = 0

「つまり上の変形式は・・・」
   pことば = p俺の常識 

「って,なんだこりゃー!なんにも変わってねーよ! 勇気を出してコップの水飲んだのに・・・」
アンタってほんと馬鹿ね 最初の平衡反応が間違ってんのよ
本当はこう・・・ 
   2×あたし ⇔ アンタ + ことば

つまりあたしは一価で アンタは二価
ことばが欲しけりゃあたしの濃度は [アンタ]の二倍以上必要なの
「それって・・・ 俺が俺で無くなる?!」
そゆこと
欠片くらいは残してあげるから心配しないで
平衡定数計算しましょ
ほら
さっさとあたしを二乗しなさいよ



自由詩 あたしの二乗 Copyright 夏緑林 2010-10-19 19:28:29
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