井泉
楽恵



水は重く、水は重く
地に深く沈みこんでいる

岩陰に臍のように窪んだ一角
降り井戸の底の暗がりに残された一匹の
赤い鎧を着た魚
地の底よりふたたび湧き出してくるものを
みつめる黒い眼の

村には島の地盤である石灰岩を階段状に掘りぬいた降り井戸があった
真夏でも冷たく濡れた井戸の底からは
どんな旱魃でさえ絶えず水が湧いた

毎日の生活に使う水汲みのために女たちが
井戸を降りてくる
頭上に大きな甕を載せて
うっかり足を滑らせれば
簡単に死ぬるだろう
歌っているのか
見上げた丸い空に
女たちの産んだ胞子がいくつも飛んでいくのを
魚は気づいた

水は重く、水は重く
地に深く沈みこんでいる

甕を頭に載せた女たちと
渇いた喉を抱えながら
今日こそはあの赤い魚を捕まえようと
うす暗い臍の中を降りていく


自由詩 井泉 Copyright 楽恵 2010-10-15 11:03:08
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