ロボット
佐倉 潮
ロボットは扉をあけた。テラスのおもて、石畳の上
を、コツン、コツン、コツンと、規則正しいリズムで
歩いた。それからロボットは、バラの垣根をくぐり抜
け、青い芝生へ足を踏み入れた。コーンネル社製の最
新式P3型アクチュエータがアセンブルされた2足は、
春風にあおられてたじろぐふうはなく、毎秒1mの速
度で(とちゅうクローバの茂みは避けて)芝生を横切
っていった。その先にある母屋 彼女のいる部屋
に向かって。
+
左手にはラヴ・レター。バイロンから引いてきた
/あなたのために世界を失うことがあっても、〜/
のフレイズ。
愛について。
ロボットはそれが演繹可能なものか、帰納法により
導かれるものか、分からなかった。レターを掴むちか
らが、卵を掴むちからと同じくらいとは知っていたけ
れど、ラヴを掴むちからが、バイロンのちからで足り
るかどうかは、分からずにいた。ロボットはおかしな
ことに彼女を愛しているかどうかも、分からなかった。
ロボットはいつでも、自分は愛を見つけられないと
考えていた。ちょうどこのバレーボールコートくらい
な大きさの芝生のどこにも彼女はいないように。愛は
ないのだった。あるとすれば、それは母屋の部屋のな
か。あるいはバイロンの言葉のなか。(だとしたら、
もしや彼女が、愛を見つけてくれるかもしれない。)
あるいは卵と一緒にわたせばよいのかも? (でもこ
ちらの可能性は低いだろうといちおう結論づけた。)
あるいはぜんぶが愛だった? だからセンサーに何も
引っかからないというのだろうか? 一見スマートな
考え方のようでこれは、ひどく暴力的だった。観測不
可な概念を持ち込むことは、ロジカルな思考空間を目
指すロボットにとって、危険行為に等しいものだった。
だから愛は、やはり、まだ見つけられていないどこか
にあるのだ。ロボットはそう判断した。そうこう、母
屋まであと半分ばかりきたところで、風がやんだ。
+
彼女は午睡の最中かもしれない。
ロボットはふと、その可能性について思いをめぐら
せた。そのため頭部にあるマイクロプロセッサの温度
がわずかに上昇した。ロボットは制御系を安定させる
ため立ち止まった。そこに、宙を舞っていたミツバチ
が近づいて、ロボットの頭に止まり、また飛び去った。
その軌跡は、ある閃きをロボットに与えたが、それが
どういったものであるか理解する前に、2足は再び動
き始めた。ロボットは芝生を斜めに歩いてゆく。左手
にはラヴ・レター。