新宿
吉岡ペペロ
新宿はひとをたいせつにしていなかった
ひとの多さがそう感じさせるのか
いや、ひとのながれがそう感じさせていた
焼き鳥屋さんのよこの珈琲専門店に
コーヒーメーカーの部品を買いにきていた
今朝はじめて出会ったひとに
ぼくは頼まれたのだった
そのひとは
僕のたいせつなひとのたいせつなひとだった
八十にちかいからだは時計でいうと
二時半をさしていた
目をわるくしているけれど
腕のたしかな整体師さんらしかった
僕のたいせつなひとは
はじめて挨拶しているふたりに
なにか緊張しているようだった
勝手知ったるようすで掃除機をかけたり
体育座りをしたり
そわそわと整体師さんのまわりを動いていた
僕はそれを愛しいと思っていた
整体師さんもそう思っていた
僕も整体師さんもそのことは口に出さなかった
新宿はひとをたいせつにしていなかった
ひとの多さがそう感じさせるのか
いや、ひとのながれがそう感じさせていた
僕のたいせつなひとのたいせつなひとを
この街にひとりで来させるようなことだけは
したくない、新宿のひとごみのなかで
僕はかなり真剣にそんなことを考えていた