キス
吉岡ペペロ
ふたりでぼくの追憶を旅した
おりた駅はさまがわりしていて
33年まえの町並みは
もう少し長かった
もう少し広かった
ぼくが大きくなったのだろう
記憶も比例していたのだろう
でも現実の町並みは
サイズだけ変わらずにいたようだ
豆腐屋や魚屋や散髪屋さんはまだあった
パン屋や八百屋やスポーツ用品店はもうなかった
小学校はそのままだった
警備のひとがたっていたから
なかをのぞいただけだった
図書館ではふつうに時間をすごした
彼女が大好きだったという絵本を読んでくれた
さいごのページをめくって
やぶれてんのかなあ、あれ、やぶれてない、
さいごのページは
彼女の記憶がつくりあげていたようだ
幼稚園にも行ってみた
その近くの公園でふたりで木々を見上げていた
ぼくの住んでいたマンションは改装中だった
管理人さんに昔住んでいたんだとお願いして
うえまであがらせてもらった
たのしい、たのしい、
彼女はぼくになんどもささやいていた
家々の庭先から花や植木がこぼれていた
ずっと手をふれあわせて歩いていた
すれ違った小学生の女の子たちが
ぼくらをひそひそと笑った
足がいたくて喫茶店にはいった
砂糖つぼの蓋にどんぐりの取っ手がついていた
気づかれないふりをしながら
ぼくらはなんどもキスをした
このあと悲しくなることくらい
ぼくらはとっくの昔から知っていた
生きていた
生きているということに
ぼくらはきっちりと反応しあっていた
それがキスだった
手をふれあわせて歩くということだった