爬龍船
楽恵


ハーリーガニ が高らかに鳴り響けば
雨が上がったばかりの濡れた砂利道を
南風にまぎれてサトウキビの匂いをまとう
誰もが浜辺に集まって来る
普段は森の奥に潜んでいる精霊や屋敷神さえ
肩を組み船(サバニ)を担いで連れ立って
蟹のように一斉に浜を下り
海へ海へとやって来る
白衣の聖なる巫女が御願(うがん)して
世(ゆ)果報(がふ)を呼び寄せる
舳先に龍の目玉をぐるり描いた船を漕ぎ入れ
さあ、海人(ウミンチュ)の男たちが船いくさを開始する
櫂(エーク)が産声をあげカニウチ が叫ぶ
数艘の船が沖までまっすぐ、我先に競い漕ぐ
白波の羽根を生やして波間を飛び
見送る者の熱狂と喧騒を連れ遠のいていく
そして船が再び戻ってくるまでの一瞬だけ
潮風が止み、海に沈黙が訪れる

そのとき
私は突然、もがれるような激しい痛みを
覚えて痺れ立ち尽くす
頭上を海神の影がゆっくりと通り過ぎる
かつて私のすぐそばにぴったりとあって
いつの間にか引き裂かれ失ったもの
日常忘れていた、あの痛み

そしてその痛みの理由を思い出せないうちに
爬龍船は沖を旋回してこちらに帰ってくる
黒い海神はすぐさま歓声とともに波に沈む
船が歌と踊りを連れ浜に戻って来るまでの
一瞬のうちに


自由詩 爬龍船 Copyright 楽恵 2010-10-12 19:08:37
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