遠視
瀬崎 虎彦

果てる
潮の流れの中で
常温で融解する
金属の雌蕊

見紛う それから
手を差し伸べるように
突き放す
レインコートのひらりひらりと
美しい顔をなでる
レース

この少年の不在
そこにいる人なのか
あるいは死に際で
みすぼらしい姿を
さらけ出す何者か

金色の鬣
破れた羽

獅子ではない
鳥ではもちろんない

うなるように山を駆け下りて
人間を蹂躙したい
自分は何か別のものであるという
衝動を抱いたことはない

皆と同じでありたいと
願ったことしか
切実に願ったことしか
今は思い出せない

美しい顔を
撫でるレース
誰からも
愛されるための
美しい顔

人目につかぬところで
静かに息を引き取る
歩き方で分かるという
体内のナトリウムの濃度で
分かるという

分かってたまるか
私からこぼれる
なにか不道徳なにおいのする
粘性の高い苦痛が
微笑と手に手をとって
走り出す

鳥ではない
獅子ではもちろんない
なにか別のものになりたいと
思ったことは
一度としてなかった
ただ
皆と同じになりたかった
切実にそう願った

何が違うのだろう
なぜ違うのだろう

違うことが個性だとか
そういうことではなく
同じように接してもらいたい
融解した金属の
腐乱した筋肉の
瓦解する骨格の
蒸散する血液の
その内奥にいる
まぎれもない私

獅子ではない
鳥ではもちろんない


自由詩 遠視 Copyright 瀬崎 虎彦 2010-10-04 05:40:10
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