デート
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そんなこんなで 今日は
君って人を もっともっと好きになったんだ
「僕とデートをして下さい」
「はい」
一週間前、
君はあっさりとOKをくれた。
僕はこっそり、
あんな事やこんな事や、
……そんな事まで考えてしまって。
ただ悶々と過ごして、
今日はデート。
デート、デート、初デート。
「今朝方、愛人が死んでしまいまして…」
ドキッとするセリフとともに、
君は遅れてやってきた。
「愛人」というのが、
君の飼っていたクワガタムシの名前だなんて、
知らなかったものだから、
僕は気が動転して、
「ごめんなさい」
なんて言っちゃって。
「いえ。貴方のせいではありませんので」
「でも…」
聞けば、
昆虫だと言う。
「愛人」という命名は、
「だって、とても愛しかったのです」
だから、
と言う。
そうして、
君の一時間二十五分の遅刻で、
僕たちの初デートが始まった。
「何か食べたいものはありますか?」
と聞くと、
「かっぱ……」
と言いかけて、
「いいえ。貴方の食べたいもので」
と言う。
あれは、
何だったのだろうか?
「かっぱ巻」だろうか?
「かっぱえびせん」だろうか?
それとも本物の「河童」だったんだろうか?
今度、聞いてみないといけない。
食事の最中って、
他のカップルはどんな話をしているんだろう。
とりあえず僕たちは、
お互い全然知らないのだけれど、
言葉の響きが素敵、というわけで、
「おろしや国酔夢譚」
の話をした。
二人して想像して、登場人物を決めたりした。
話の途中で、君が突然、
「昔西武ライオンズにいた、テリーという選手は、
いつもヘルメットが汚れていました」
と言うので、
僕は思わずスパゲッティを吹き出してしまった。
お返しに、と思って、
「阪急ブレーブスにいた、アニマルという選手は、
あれは本名なんでしょうかねえ?」
とやったが、
君は、ふふ、と笑うばかりで、
優雅に食事を続けるのだった。
そして、
「おろしや国酔夢譚」に、
タケカワユキヒデが、聖人として登場して、
キャラメルマン7号を倒し、
荒れ果てた国土に恵みをもたらす、
といった辺りで、食事が終わった。
なので、
適当にハッピーエンドにして、
店を出る。
二人して、
ぷらぷらと街を歩く。
君はまた不意に、
「最近、漢和辞典を読むのですが」
と言う。
僕はまた小さくスパークする。
君は続ける。
「一、二、三、までは許せるんですが」
「え、なんですか?」
「画数ですよ、画数」
「ああ、はい…」
「四が五画で、五が四画というのが、どうしても許せないのです」
「それは……」
「ねえ、おかしいでしょう?」
君の瞳を見てしまい、
僕はまた小さくスパークする。
「何処か行きたいところはありますか?」
と聞くと、
TSUTAYAのAVコーナー、と言う。
「一人だと、恥ずかしいのですよ」
二人でも、恥ずかしいだろう、と思ったが、
するすると連れて行かれてしまった。
僕は一人より、よっぽど恥ずかしかったよ。
「やっぱり女の子だから、みんなじろじろ見るのですか?」
と言う。
確かにそうかもしれない。
だけど、そうじゃなくて、
たぶん、じろじろ見られた理由の大半は、
君がタイトルをいちいち、
大きな声で読んでいたからじゃないかな。
あそこでは、
あんまり喋っちゃだめなんだよ。
今度、教えてあげないといけない。
でも、どこから探してきたのか、
「ミッション・チンポッシャブル」
ってパロディタイトルの洋モノを手に、
嬉しそうに走ってきた君。
その健気な笑顔。
「それは音読しないで!」
とは言えないままに。
小さな、
閃光。
TSUTAYAを出ると、もう日が傾いていて、
何をするでもなく、またぷらぷらと。
思いきって、
「手を繋いでもいいですか?」
と聞いてみた。
返事が無いので、見ると、
君は、
ぽろぽろ、ぽろぽろと、
涙を零しているのだった。
僕は気が動転して、
「ごめんなさい」
なんて言っちゃって。
「いえ。貴方のせいではありませんので」
「でも…」
聞けば、
今朝方死んでしまった、
クワガタムシの事を思い出していたのだと言う。
思い出していたら、
知らない間に、涙が零れてしまった、と。
「もう標本にしたので、悲しくはありません」
と言う。
そういうものなのかもしれない。
あらためて、
「手を繋いでもいいですか?」
と聞くと、
「駄目です」
と言う。
沈黙。
ああ、
嫌なこと言っちゃったな、
嫌な雰囲気だな、
とりあえずギャグで誤魔化さないと、
と思って、
あわてて、
「じゃあ、おっぱいを揉んでもいいですか?」
と言うと、
表情も変えずに、
「はい」
と言う。
嬉しいが、公衆の面前で女の子のおっぱいを揉む勇気は、
僕には無い。
それより、なにより、
その基準の仕組みがわからなかった。
聞けば、
「暴漢は『手を繋ごう』なんて言わないじゃないですか」
と言う。
「だから…」
迷路のような。
僕は、
「暴漢は『キスをしよう』とは言うかもしれない」
と思ったけれど、
それは言い出せなかった。
どきどき、どきどき、した。
君がまた急に、
海援隊の「贈る言葉」を歌い始めた。
静かに、
静かに、
ささやくように。
たしかに辺りは、暮れなずむ街そのものだったし、
僕は夜の街の上手な過ごし方を、あんまり知らなかったし、
そうして、
どちらからともなく、
僕たちの初デートはお開きになった。
いま、
こんなに素敵で、
こんなに素敵な君、
こんなにも素敵で、
こんなにも素敵な君と過ごした一日、の話を。
そんなこんなで 今日は
君って人を もっともっと好きになったんだ