夏なつかしく秋になく
木屋 亞万

秋の夜長が静かにこちらへ歩を進めている
もう虫が鳴いている
昼間の入道雲が萎んでしまえば
いそいそと秋が町のあちらこちらに姿を見せる

ところがどうだろう
私はまだ秋の準備ができていない
近頃どうも食事が喉を通らない
おまけに本を読んでも頭に入ってこない
文字が目を通らないのだ
さらには音楽を聴いていても
音色が耳を通らない
気分転換に映画を見ようと思ったけれど
暗い通路をうまく通れなかった

ずうずうと夏が萎んでいく
海はもう恋人たちを呼ばないし
夜空を彩る花火のお祭りも終わった
高校球児は甲子園の砂を拾い終わったし
小学生は夏休みの宿題と戦い終わった



空っぽにしよう
秋が来るんだ
カラカラと燃やそう
濡らすような火で
じゅわっと焦げが
しわしわの紙を燃やすように

水分補給はもうしなくていい
いらないものは切り捨てて長袖を着る
お湯の前でしか肌は見せない
枯れた赤に身を包んで
熟れた実の甘い雫を
裂け目からだらだら垂らそう

秋の準備を始めよう
積乱雲を存分に乱れさせて
秋刀魚の鱗にしてしまおう
虫があからさまに求愛している草むらを
空気の抜けた自転車でガタンゴトンと走ればいい

何もしない夏のまま
秋になったからと言って
涙を流す必要はない

誰かを見つけないといけなかったような予感が
すっかり忘れられた夏休みの宿題のように
暮れてしまった季節の方角から漂ってくる
私はもうその人と出会ったのでしょうか
どうするのが正解だったのでしょう

南から嵐の気配だけが感じられて
心がざわめく夏の終わり


自由詩 夏なつかしく秋になく Copyright 木屋 亞万 2010-09-02 01:15:54
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