偽者と本物
寒雪



会社で毎日のルーティーンワーク
すると
ぼくの肩を叩いた同僚が
ぼくを名前で呼ぶ
生きてきてから今まで
慣れ親しんだ響きじゃなく
初めて耳に飛び込んできた名前
驚いて振り返ると
何事もなかったように彼は
仕事を押し付けて立ち去った


どういうことなのだろう
すっきりしないまま
モニターに目を向けると
一通のメール
開いてみると
仕事の依頼メール
でもやっぱりぼくの名前はそこになく
見たこともない名前で
ぼくは表現されていた


その後も
ぼくの知ってる人みんな
入れ替わり立ち代わり
違う名前でぼくを呼ぶ
どうしたんだろう
なんだかぼくの足元が崩れて
地球のマグマに飲まれてしまう
不安がぼくの心を覆い隠す


仕事が終わっても
ぼくはやっぱり違う名前だった
久しぶりに会った友人は
違う名前のぼくに違和感無く
笑いかける
それだけじゃない
気がつくとぼくと友人たちが
それまでに積み重ねてきた思い出さえ
ぼくの知らない何かに変わっていた
みんなわかっていることが
ぼくだけ覚えていなかった


なんでぼくをみんなは
受け入れられるんだろう
外見は変わっていないけど
中身はみんなが知ってるぼくとは
全く違う人物だというのに
それとも
ぼくが間違っているのか


酔っ払って家に帰って
鏡を見ると
鏡の向こうにいるぼくが
一瞬にやりと笑った気がした
おまえが画策したことなのか
抱えていた不安が
一気にぼくの表に噴き出す
大きな音と共に
バラバラに砕け散る鏡
破片の一つ一つにぼくが
小さく細かく映ってる
一体何が正しくて間違っているのか
ぼくには理解出来ない
酒のせいかもしれなかったけど
自分が知っている自分が偽者で
他人が知っている自分が本物
正しいんだろうか


明日の朝
太陽が寝起きの悪いぼくを叩き起こして
頭がすっきりしたら
もう一度
ぼくの人生が正しいのかどうか
考えてみることにする
今はただ眠気に身を任せたい


自由詩 偽者と本物 Copyright 寒雪 2010-08-25 07:41:57
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