水の上の透明な駅
カワグチタケシ

俺たちはもうそんなに遠くへは行くことができない
俺たちにはもうそんなに力が残ってはいないし
それにもうじゅうぶん遠くまで来てしまったから

石段を降りた水面の高さから
今度は二段昇った水の上の透明な駅
のプラットホームで列車を待つ
君を少し離れた丘の上から見ている

満月が西の水平線に沈みそして
花火が上がる
その振動が大気を伝わり暗い水面を震わす
水面で一瞬震えた花火が水の底へ沈んでいく

もしももっとずっとずっと高いところ
たとえば火星からこの惑星を眺めたら
いくつもの花火の爆発は と君は想う
小さな発光ダイオードの点滅みたいに見えるのかな
クリスマスのイルミネーションも
焼夷弾も同じ点滅に見えるのかな

水の上の透明な駅のプラットホームで
君が見上げる花火を俺は
丘の上から視線の高さで眺めている

それにどれだけの違いがあるというのか
どうせすぐに消えてしまう
空に上がった花火も水に映った花火も

ところが水の底に沈んだ花火はどうやら消えずに残っている
水の底では腐敗が遅れるから
およそ七十年前までの花火は原型をとどめ堆積している
水面に近過ぎて君はそれを見ることができない

俺たちはもうそんなに遠くへは行くことができない
俺たちにはもうそんなに力が残ってはいないし
それにもうじゅうぶん遠くまで来てしまったから

水の上の透明な駅のプラットホームで列車を待つ
君を少し離れた丘の上から見ている

透明な列車に乗ってここから出ていく君は
しかし二度とは戻れないほど遠くへ行くことはできない
取り返しがつかないほど遠くへは行けない

そして 九月になり
強い雨が降る
雨が上がり
日が短くなる

そして ふちのない水、ふちのない水の底、ふちのない水の浅い底、
ふちのない水の浅い底に灯る
小さな光を見つける
それはとても小さな
小さな光
 


自由詩 水の上の透明な駅 Copyright カワグチタケシ 2010-08-22 21:15:01
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