夜行バス
スタイナーシスターズ
一日と十日ばかりの荷物を運転手に預け
夜行バスに乗る
運転手は脂臭い息で
人差し指と首を使い
乗客の点呼をとる
狭いシートにもたれかかり
後ろの客に会釈をしてシートを下げる
旗手はくだらない残数を
のみこむ欠伸を一つして
ハンドルを右に切った
イーハトーブの国を出て
紋切り型のアナウンスが流れ
疲れと眠気と期待が充満する車内は
三十分で
外界とのアクセスを塞く
途中で乗る旅行者も
隣で眠る客も
誰に対しても
無関心でやり過ごす
浅い眠りにつくと
牧場沿いの草原に
三匹のホシミスジが
先導し
塀を潜り
遠くに見える
三角煙突の厩舎まで
歩いた
割れたガラスでデフォルメされた
光が
厩舎内に映り
小窓から
見えた鼓動が..........
バスは止まり
客たちは一様に車内を出た
私も右に同じくトイレに行き
桃を縁取ったタイルを
目の前に尿をだす
バスの運転手たちが
喫煙所で
談笑する
時間になると
ゾロゾロと乗り込んだ
冴えてしまった頭は
眠ることを許さない
頭に浮かぶことはただ
負の即興のセッションで
動けない神経を逆撫でし
つま先から後頭部までを
舐め回されているようだ
顔のない箱が南へと足を急ぐ
カーテンから僅かに
溢れたライトが
左右に行き来し
延長線で出来たクロスが
我々のスクリーン一面に
映し出される
最高速のギアに入れ
轍をはね除けた
額を窓にぶつけ
隣の人の顔色を伺う
深夜三時を過ぎ
影絵は映りは消え
点滅の速度を上げ
私の眠りを妨げる
対向車からのテールランプや
速度制限や渋滞を伝える
電光掲示板
オレンジや白や
白痴の光どもが
斑に混じり合う
八日前からの疲れが肩に残り
三日後の快楽と足並みを
揃える
隣の男の楽しみなど
後ろの女の趣味など
前の男の寝言など
運転手の制服など
私の額のキズなど
一切合切を飲み込んで
バスは南へと走る
眠気が訪れ
誘うがままに任せると
繁華街の夜に
見覚えのある女性と
ビルの32階にある野球場に行った
21階の鮨屋で穴子の白焼きを
テイクアウトでもらって
野球を見た
カクテルのライトで照らされた
場内は彼女の美しさを充分に
際立たせていた
交わす言葉の
通信の遅さは
衛星放送の
それを思い出させた
ホームチームの本塁打で
歓声が上がる中
彼女の顔が
大小に圧縮、拡大を
繰り返し
声も同様に引き攣り出し
その狭間でできた
空間が視界一杯に広がり
時空の中へと飲み込まれていった
小さな日がとカーテンの隙間から
溢れていた
隣の男は通路側にもたれかかり
眠っていた
朝が来たことの安堵感が
体内を占め
バスは止まり
何名かの乗客が先に降りた
バスは駅前を抜け
人や車の少ない街を
駆けている
うとうとしながら
カーテンを捲り
見覚えのある光景を
眺めている
バスは靖国通りを
直進し
外堀を進む
都会の真ん中の緑の多さ
に口をあけながら
終点の駅にむかう
隣の男は身支度を始め
背広を羽織る
ビルと城跡と人の中心点に
駅はあった
飲みかけのペットボトルを空にして
バスが停止するのを待った
「お疲れさまでした」
と炭酸が抜けきった声で
アナウンスは流れ
停車した
バスを降り
脂臭い息に荷物をもらい
白々と昇る朝日が
ビルとビルの
隙間から陽を伸ばした
眠気が残る八重洲口の前を
おはようと言いながら
誰のものでもないこの街で
あなたに合いにいく