そうして夏は行ってしまった、翼竜の化石のように
ホロウ・シカエルボク




夏の踊り子たちが、フロントラインで
そろそろお終いみたいな
けだるさをステップし始めた
ウェイターは素知らぬ顔、だけど少し冷汗をにじませて
「お帰りはあちら」と色褪せたドアをきれいに伸びた手のひらの先で示す
ハイボールのせいでサッチモみたいなげっぷを漏らしながら
俺はその誘いに乗るべきかどうか考える
明らかにやつはそれを俺に見せたくないのさ
いつも夏は勝手に行ってしまって、みんな
恐竜の化石を前にしたときみたいに
汗ばかりかいていた釈然としない季節のことに思いを巡らせるのだ
だけどねえ、サマーゴーン、サマーゴーン
陽炎をハーフコートのように翻して
水平線の向こうにあいつは消えてしまった
流行のうたが見せかけだけの寂しさをおざなりな涙で歌い始めて
脳の詰まった雛たちがソフトクリーム舐めちらかしながらそのトラックに群がる
おとぎ話みたいに簡単に迷ったり救われたり、繰り返すから
だからいつまでたっても孵ることが出来ないでいるのさ
さようならもせずに行ってしまうことを美学みたいに言い始めたのは、誰だい
あの、歯を剥いて喋るアメリカの俳優かい?
白けちゃうぜ、あいつらの時代には
いつだって別れの場面にオーケストラがつきものだったっていうのに
舌打ちをして店を出ようとすると、ウェイターは一瞬だけ
ほんの一瞬だけ俺を睨みつけて殺意を伝達した、それで
お前それにどんなふうな効果線をつけてくれるつもりだい
俺が震えあがらずにいられないような、そんな…絶対的な説得力が
お前と俺の間で成り立つとでも、なあ、思っているのかい?
店を出てすぐの薄明るい裏通りで三人の乞食が
圧倒的な声量でテンプテーションズを歌いあげていた、だけど、駄目だ
明るい光の下を拒んでるようじゃ、お前たちはそれ以上どこへも行けやしないさ
踏みつぶしたジタンの吸い殻にゃドギツい口紅、なあ
ゴロワーズって煙草吸ったことあるかい?
タクシーがたむろしてるあたりへとろとろ歩いていると
デカダンを巻きつけ過ぎた男婦が誘いをかけてきた、俺はそいつのことを結構最高にイカしてると思った
彼女は見事に宿命を飛び越えているみたいに見えたのだ
手首についた無数の傷を目にするまではね
白けたって言うと彼女は野太い声で泣き始めた
「ホルモンのカプセルが欲しいの」そう言って
なあ、魔法みたいに、運命が好転することなんて人生においてあまりあることじゃないんだ
なのにお前らみたいな人種はファンタジーに浸かり過ぎているんだよ
冷笑気味にそういうと彼女は激しく嗚咽した
俺はなにティックとも呼べない感情を抱えながら彼女を見ていたが
約束の半分の金を置いて安ホテルを出た
ドアを閉めた途端に泣声が消えた気がした、きっと見た目より遮音性に優れた造りなんだろう
ホテルを出るとすぐに帰る気がしなくなって
港の方へ歩いて行った
潰れたカフェの立て看板に隠れた物陰で
ティーンエイジャーらしきカップルがペッティングをしていた
「ああ、最高よ」と
まだ化粧の仕方もよく判っていないような娘がムードたっぷりにそう言った、彼らは誰にも見つかっていないつもりでいるようだったが
そのカフェに面したアパートのトイレの小窓からマスターベーションの音が聞こえていた
どうしようもない、適度なカップル、適度な行為
スキャン、コピー、ペースト、プリントみたいな、プロセスしか繋がれないこの世のことわり
所詮は物陰で知らない間に埋め込まれる遺伝子さ
ねえ、サマーゴーン、サマーゴーン、お前は行ってしまった、入道雲がため息をついた夕暮れの水平線の向こうに
次の波が来る前に口笛を吹くよ、チェットベイカーみたいに細く長く
また新しい誰かが
不思議な色の餌を砂浜にばらまく前にさ





自由詩 そうして夏は行ってしまった、翼竜の化石のように Copyright ホロウ・シカエルボク 2010-08-17 22:15:43
notebook Home