イカロス
結城 希

求めなければ、
こんなにも苦しむことはなかったのに

そっと手を握る。
冷たく、無機質な手。
もう動くことのない手。
その手で、自らの頬に触れる。

夜は終わっていた。
私は立ち上がり、白衣の埃を払った。

カーテンを開く
うんざりするほどの眩しい光
雨上がりの水たまりに、遊ぶ少年たち
水滴に、陽光が乱反射する

私は熱いコーヒーを淹れ
彼女の隣の席に戻った
コーヒーを啜る
やわらかな微笑のまま、硬直した彼女
私もぎこちなく、笑おうとした

バイタルサイン、ゼロ。
自律制御プログラム、修復不能。
システム、再始動不可。

わかっている

イカロスはもう、死んだ。

私は白衣を脱ぎ捨て
全ての接続プラグを外し
彼女を抱き上げた

眠り続ける彼女。
私は重い足取りで、一歩ずつ進む。
彼女の手が、指先が
最後に私の頬に触れ
そして私は 手を放した。

窓から
20メートル下のコンクリートの地面へ
落下した人形は ばらばらに砕けた
四肢は千切れ 歯車やネジが周囲に四散した

だから私も
彼女を追って、飛んだ。


(即興ゴルコンダより)


自由詩 イカロス Copyright 結城 希 2010-07-31 11:39:23
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