戒律
安部行人

手を洗え
その身じろぎする小さい肉を
きみの野蛮な口に運ぶのならば
何よりも先にまず手を洗え


汚れた手で肉に触れてはならない、
汚れた手で肉に触れることは
その新鮮をそこなうことだ
肉食家たるきみがそれを知らぬわけでもあるまい


きみは手を洗った、
ハンバーガーショップの店員のように
徹底的に洗った
そうだその徹底した清潔への意思が肉に触れるものの正しい態度だ


きみは清潔な手で肉をつかみ
口の中に送り込む
唾液とともに丹念に咀嚼して
24時間後には排泄するのだ


清潔な手で新鮮な肉を食べても
腐敗する滓になってしまうのはなぜだ
肉なしには暮らしてゆけないという
治らぬ病がそうさせるのか


いずれきみの体は腐るだろう
それはきみを養ってきた肉たちの
精一杯の叛乱だ
生まれて死ぬだけの存在が言葉なしに放つ呪いだ


だからきみは手を洗え
肉食の作法を果てしなく洗練させろ
そして呪いと競いあって走れ
体が崩れ果てるその時まで


手を洗え
それがきみの
そしてぼくにとっても
ただひとつの戒律である。


自由詩 戒律 Copyright 安部行人 2004-10-14 22:09:30
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