海の唄
天野茂典



 ふかあいトンネルを潜りぬけて地層を下る
 ちいさな貝殻の明かり
 耳の荒野
 雨もふらない砂漠地帯だ
 草もはえない
 さらさらとさらさらと画用紙のように
 チリもたたず 砂嵐もふかない
 わたしの耳は
 貝の殻
 海のひびきを懐かしむ*
 鳴っているのは潮騒だ
 左耳から咽喉にかけてわだかまるわたしの宿痾
 わたしは声を失調している
 聞こえないのだ
 細かな声が
 暴風のように擦過して
 ぼわんとひびきわたってしまうのだ
 赤くあれあがったアンモナイト
 リンパ腺の成層圏はオゾン破壊でいつも
 くちゅくちゅしている
 そこだけがわたしの生命にかかわる
 ピン・ポイントだ 昔恐竜がすんでいたという研究もない
 万里の長城のようにしめあげられてそこから
 咽喉いったいに不快な活断層がひかれてる
 耳の劇場
 喉の惨劇
 いわば棘がささってぬけない状態なのだ
 キリンのように首がながければ
 ながめもいいし
 レントゲンのうつりもいい
 二足歩行をはじめた人間にはじめて
 喉に空間ができ
 口腔がひらいて
 人は 
 声をもったのだがその声が
 挫折しているのだ
 医師にも相談しているがなかなかいい解決策がない
 わたしは途方にくれている
 かつてアナウンサーをめざし
 美貌の声をもっていたわたしの声は
 ジャン・ギャバンのようにしわがれて
 透明感をうしなった
 さよなら さよなら
 小田和正のようにガラスになって
 歌える日はもうこない
 わたしのなかの第二の生き物
 内耳の宇宙に陣取った宇宙人
 もっとぼくを楽にしてくれ
 やがて『人間を解消する』*それにしても
 それまでぼくにやわらかな耳を
 それまでぼくにやわらかな喉を

               *ジャン・コクトー
               *ミシェル・フーコー
               2004・10・14


自由詩 海の唄 Copyright 天野茂典 2004-10-14 07:20:48
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