ブックカバー
結城 希


「お会計の方が、560円になります。」

私は慣れた手つきでクラフト紙を折り
ていねいに本を包み込む
20代のOL風の女性は
ありがとうといって去っていった

電車に乗る私は
君が読む本のタイトルを知らない
私が読む本のタイトルを
君は知らない

そこは仮面舞踏会の社交場で
仮面の下の素顔は 意味を成さない

「何読んでるの?」
高校生の男女が
ひょいと仮面を外して
本を覗き込んでいた

 ――そんな眼鏡なんかしてるから、彼氏の一人もできないのよ
 友人は言った。
 ――いいのよ、これ、気に入ってるんだから
 私が強がりを言うと、
 友人は困った顔で苦笑した。
 彼女はグラスを空けると、
 二杯目のマンハッタンを頼んだ。

伝票を始末する私の前に
誰かがそっと本を置いた
反射的にタイトルを読む
『しがみつかない生き方』と書かれていた

「カバー、お付けしますか」
私はいつものように訊ねる。

「いいえ、けっこうです」

と、青年はさわやかに答えた


自由詩 ブックカバー Copyright 結城 希 2010-07-21 09:00:39
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