逆創世記
高梁サトル


「おはよう、
せっせとお弁当箱に昼食を詰める
この世界のなんらかに収まりなさいと
話しかけてくる忙しげな背中
通学路に捨てられた雑誌には
艶びかりする牡牛の角と蛙の屍
女の子の背負うランドセルの色は
衝動を掻き立てる赤でした

「ごきげんよう、
仁王立ちする異人さんに
捕まらぬよう
走りぬけ
光の射さない四角い部屋で
23分間の奇跡を待ちます

「いただきます、
死んだ牡牛の肉片を口に運べば
みるみる干上がる舌の上
清らかさ正しさ美しさは隊列を作って
食堂の先の赤の広場で
分解されて
吸収されて
必要のない藻屑はみな
排出される仕組みです

「ごちそうさま、
気が付けば周りはみんな豚でした
大きくなりすぎて獣舎を出た僕は
急に寂しくなってダッチワイフを買いました
彼女の薄い皮膚を噛み裂いて
熱い白濁の骨髄を飲み干す
そんな衝動を抑えるたびに
あの日夢見た
沙羅の木陰が遠退いてゆきます

「ただいま、
男のかたさに貫かれて
女のやわらかな洞窟に駆け込んだ
この洞窟はアイヌの昔話のように
神様たちの国へ繋がってはいないの
岩壁をなぞれば響く青鷺の声
娼婦も聖母も
同じ穴のむじな

「おやすみなさい、
深い湖底の燐光の中に
革命を夢見て散った子らの子守唄が響く
水面に落ちた枯葉をついばむ
鳥たちが寂しそうに鳩尾を震わせるのを見て

あの人の乳房のことだけ想います


 さようなら、
 ひっくり返したら
 もうあなたには伝わらない物語」


自由詩 逆創世記 Copyright 高梁サトル 2010-07-16 22:43:07
notebook Home 戻る