地下鉄
靜ト

地下鉄で前にいた高校生が
シンショー、シンショー、
とにやけているので
その視線の先をたどったら
ひとりの青年が楽しそうに何かのまね事をしているのだ

手で何かを大切に受け取る動作
それに手を加える動作
それを誰かに大切に渡す動作

一心に繰り返し、汗をかいている

高校生がばかにしたように言う言葉が
私の中で漢字になった瞬間
何とも言えない怒りと冷や汗が一気に湧いた

殴り掛かろうかと思って何度も拳を握ったけれど
私にそんな勇気はなくて
次の駅で高校生は降りてしまった

くやしいような情けないような、ほっとしたような気持ちになる

人がどんどん降りていくなか、彼はそれを繰り返していて、なんだかおまじないみたいに見えた

私が降りるとき、彼が急に振り返って
「ありがとうございました」
とはっきり言った

服のワッペンに○○作業所とあるのがみえて、すぐにそれが彼の仕事のイメージトレーニングの一部なのだと気づいたけれど

私は走り出した地下鉄のそばで、その言葉が渦巻いて、しばらく立ち尽くしていた


自由詩 地下鉄 Copyright 靜ト 2010-07-06 15:27:46
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