都市風景(21〜40)
草野春心

  

  21.

  緑色の金属に囲まれた空間が
  ハニカム構造で互いに結びつき
  誰もが知っている簡単な方程式を合言葉に
  夜の扉がひらく

  22.

  春のJR中央線……
  その予期せぬ停止時間を積み重ねれば
  何人ぶんかの人生に等しくなるだろうか?

  23.

  何の変哲もない先割れスプーンで
  誰もがコンクリートに穴を掘ろうとしている

  24.

  六月の水溜りに
  愛の塊が
  油を浮かせて
  白くおおきなものが
  空から降ると
  すべてに薄い膜が張ってしまう

  25.

  角から飛び出してきた記憶を
  僕もうっかり轢いてしまった

  26.

  路傍に
  虫の息で
  いくつかの数字が転がっていて
  女子高生がそれを見て嗤っていた

  27.

  夢見られることで
  追憶されることで
  彼方に置かれることで成立した街

  28.

  蛇口から
  滴った
  あわい恋心が
  僕たちの夜を鳴らす

  29.

  もう一つの季節をもとめて
  暁に
  水色の獣は嘶いた

  30.

  中吊り広告が飛び交う
  低い東京の空を裂いて
  「超人」の言葉が飛んでも
  それもまた一つの広告となり
  西友の主婦たちの群れと
  「安いよ」の声に消されてしまう

  31.

  いつの日にか
  褪せた干草のうえで
  暑苦しく抱き合えたらいい
  梁のあちこちに潜む
  蜘蛛たちに見られながら

  32.

  消しておいたテレビが不意に語りだすのは
  白と黒の喃語

  33.

  居酒屋の便所で
  獏が吐いていた

  34.

  蝋燭に神様は埋まって
  誕生日ケーキの上に立っていた
  誰にも気づかれず

  35.

  七月は
  兵隊の汗の臭い
  十月は
  死にゆく西風の臭い
  三月は
  果実と幻想の臭い
  六月は
  くりかえすことの臭い

  36.

  彼がやっている仕事は
  時代のゲームの
  ルールブックを書く仕事
  仕事をしていない時はルールブックを読んでいる

  37.

  うすぐらい水の底にずっと沈んでいた
  一対の目が見てきたものを
  僕は書き写す

  38.

  誰かの膝枕で耳を掻いてもらいながら
  一生を終えたいと思うこともある

  39.

  名前を持つのは僕だって怖い
  世界じゅうのすべてに
  モザイクや音声加工を施してしまいたい
  名前を持つのは誰だって怖い

  40.

  僕の中に
  僕という言葉で呼べない何かがあり
  誰かの中に
  僕という言葉で呼べる何かがある
  その何かが僕を生かしているのだろうか




自由詩 都市風景(21〜40) Copyright 草野春心 2010-06-30 15:21:31
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