瀬崎 虎彦

 秋の終わり、こんな夢を見た。
 わたしは船の上にいる。船は霧に包まれる。朝なのか、夕なのか、それが分からないので朝霧とも夕霧ともいえない。海の霧だ。天候が悪くなれば、このように霧が立つこともあるのだろう。予定調和的に船は嵐に襲われる。嵐は襲うものであり、船は襲われるものだから。そのことをわたしはどこで体験したのか分からない。甲板にも人影はない。わたしの視線だけが、強い雨の吹きつける空中からのもののように錯覚する。語られることはすべて、中空から語られるものだから。わたしはいつしか島に流れ着き、ともに旅を続けてきた仲間たちの姿はすでにない。無事なのか、それとも海の藻屑と消え去ったのか、それを知るよすがはない。わたしは孤独であらねばならない。島には人が住んでいた形跡がある。それは人のものではなく神のものであった。神は人と同じ形をしている。神は自らに似せて人を作ったのだから。神は美しい女性の姿をしている。わたしは引き止められるが、故郷に向けて旅立たなければならないと言い張る。女神は悲しむが、わたしにはとどまる理由がない。とはいえ立ち去る理由もまた同様にない。わたしはそれからまた冒険を繰り返し、いつしか海原で美しい歌声を聞いたような気がする。ある秋の日に、風をはらんだ帆が湿り気を帯びはじめ、船は霧に包まれる。
 わたしが夢から覚めるまでにもういくらもない。


散文(批評随筆小説等)Copyright 瀬崎 虎彦 2010-06-13 22:07:11
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