ジリとキリカ
松本 涼
ジリが山手通りを自転車で飛ばしている頃、キリカは水を張ったバスタブに腰まで浸かってぼんやり天井を見上げていた。
「ジリのヤツ遅いなあ。」
ジリは山手通りを右折して、かむろ坂を登り始めたところだった。
「あっつい!あっつい!」
八月ハ日晴れ。ジリのTシャツはすでに汗でびっしょりだった。坂を登って二つ目の角を曲がるとキリカのアパートが見えてくる。
喪服姿の集団が前からゾロゾロとやって来たので、ジリは自転車を降りて歩くことにした。近くに斎場があるため、この辺りに来るとよく喪服姿の人と擦れ違う。自転車を降りて歩くと更に熱い。
(キリカんちでシャワー浴びよう。)
ジリは自転車を引きながらキリカのアパートまで歩いた。
キリカの部屋は二階の一番奥だ。インターホンを続けて三回押したが予想通り返事はなかった。ジリは仕方なくいつものように合鍵でドアを開けた。
「おーい!キリカ、いるんだろ。」
けれど返事は無い。ジリは諦めて部屋に上がったがキリカの姿は無かった。ふと思いついてジリは風呂場を覗いてみることにした。
風呂場のドアを開けるとそこにキリカが居た。
「遅かったじゃないの。一時に来るって言わなかった?」
ジリは一瞬固まったがすぐ我に返ってキリカに聞いた。
「お前…何で服着たまま風呂入ってるの?」
するとキリカは「風呂じゃないわよ。水風呂よ。」と平然と言った。
「水とかお湯とかの問題じゃないだろ…」
ため息混じりにジリがそう言うと、キリカは「何でって、決まってるじゃない。あんたのその顔が見たかったからよ。」とあたりまえのように言ってニコリと笑った。
「おかげですっかり冷えたわよ。ジリも入る?」
楽しそうにキリカは言う。ジリも諦め「…そうだな…驚いてすっかり汗も引いたけど、入るか。」とTシャツを脱ぎ始めた。
するとキリカが「あー脱いじゃダメよ。そのまま、そのまま。」と言った。
ジリは驚いて「なんでだよ、オレはいいだろ。」と言った。
「たまにはいいじゃない、服着たまま入るとなんか自由よー。」
ワケの分からないキリカの言葉にジリは言い返す気力も失せ、仕方なくそのまま水風呂に浸かるのであった。
「ね、自由でしょ?」
「…ああ、そうかもな…」