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天野茂典
はげしくなぐりつける雨に
傘はきかない ぼくは焔のようにずぶ濡れなのだ
ふかく凹んだ駐車所はちゃいろいプールになっている
濁流の流れる先はほそいパイプになって
さらにつまるばかりなのだ
京王線も草の凹みで外がみえない
明るい車内の宙つり広告眺めるだけだ
電車の内臓照らしながら準急ラインは駅をめざす
たった3分の乗車時間急いでおりて
エスカレーターにのる
ピンク・フロイドの「呼べよ風、ふけよ嵐」なのだ
あちこちの水の流れに靴が濡れ靴下まで染みてくるのだ
ポロのジャケットもジーパンももうぐしょ濡れで
まるであわれな濡れ鼠だ
それでもマックによってゆく
アイスコーヒーを頼む189円だ
16:55分のバスを待つために
たった10分間の一日の憩いを求めるのだ
街路樹がざんざかざんざか揺れている
バスターミナルのちいさなタウン
商店街の明かりが点る
ネオンがさみしくなってくる
マックのかわいいおねえさんはミルクもシロップもいれてくれた
お客さんが少ないのだよ
まばらなんだ
ストローからのど越しに入ってくる珈琲の安らぎ
タバコに火をつける
もうなにも考えない
ぼくのちいさな一日の終わりなのだ
シャープのポータブル・MDウオークマンで
ジム・モリソンを聞きながら
夜の嵐を待つだけだ
自転車が倒れ看板が飛んでいる
滲んでくるんだ
まぶたから
ぼくたちはどこからきてどこへゆくのか?と
パトカーのサイレンはならないが
いままで犯した罪の多さに
恥いることもままあることだ
いっぷくいっぷくたった10分の憩いなのに
母よそうしておおくの女性たちよ
ぼくはデイトで倒れた女性を起こしてあげなかったこともあるのだ
新宿のゴールデン街だった
すべて身の回りを整理して
奈良から上京してきた女性を経済的に自信がないからと
結婚するものと決めてきたらしい彼女をうけいれず
八王子駅前の立ち話で分かれさせたこともあった
よくない頭とうつくしくない母はきらいだった
書道の師範でありながら教養のない母が許せなかった
もう86歳の母である
今でも母を愛しているか
精神病院の壁をみつめて母を心配しつづけていたことはあったが
とにかく冷たい人間なんだぼくというエゴ
もうびしょ濡れになって
もうなんでもいいやという気になって
嵐のなかへ飛び込んでゆきたくなった
パトカーのサイレンはならない
信号が青になったり
赤になったり
黄いろのバカード握りながら
遠くの海を感じながら
ぼくはマックを飛びだしたのだった
フィービー*!
*サリンジャー『ライ麦畑で捕まえて』より
2004・10・9