気になる季節
藪木二郎

 それが気になり出すような季節に
 彼女はあえて
 メールを送って来た
 一日一通だったけれど
 それがすでに
 一ヶ月弱続いていた

 写真つきのメールもあった
 顎がちょっとしゃくれた感じだが
 童貞新人の理想のボス
 といった感じ
 まあぎりぎりのところで
 微妙なバランスを獲得しているだろう
 それに関しては
 きっと彼女も自信があるのだ

 原因は分かっていた
 安藤だ
 僕の先輩に
 ちょっと変わった趣味のひとがいてね
 とか
 言いやがったのだろう

 きっかり一ヵ月後の今月二日
 僕は自分のブサ面写真を
 返信した
 喫茶店チェーンの会議室を借りて
 会うことになった

 会議室といっても例の
 衝立てで仕切られただけの席で
 一時間早く着いたはずなのに
 曇りガラスの向こうに影

 彼女の深々としたお辞儀は
 なんとなく社長秘書みたいな感じで
 だが向かい合って席に着くと
 ああそういえば自然に僕のほうが上座
 彼女は単刀直入に言った

 最初のうちは面白がんのよ
 どいつもこいつも
 男ってみんな
 馬鹿ね

 安藤君に聴いたんだけどって
 そんなひととも
 もうこれで五人目
 嫌なら普通にシャワー浴びるよって
 そんなことを聴いてみたり
 あるいは黙ってそうしてみたり
 でも
 泊まると朝がきついんだって

 ニオイがうつるに始まって
 お前のそれは
 ニオイの目覚まし時計だ
 なんてことまで
 平気でゆうのよね

 アドバイスしてくれたひともいたな
 最近じゃいい手術もあるんだろ
 とかって
 ちょっと待ってよ
 そんなことのために
 女の肌に
 メスを入れろってゆうのって聴いたら
 そんなことね
 気にしているような振りをしてても
 実は君自身にとっても
 そんなこと
 だったってわけだ
 前から言おうと思ってたんだけど
 結局は君自身の
 被害妄想なんじゃないの
 だって
 そりゃ言葉の上だけでなら
 そんな風にも言えるんだろうけどね

 資料なら何冊も取り寄せたよ
 ネットのお気に入りだって
 自分でもこりゃ壮観だなって感じ
 痕の残んない方法だって確かにあるけどさ
 それじゃやっぱ
 哀しくなって来るじゃない
 切なくなって来るじゃない
 それにやっぱもう
 意地もあるしね

 こんな私にね
 わざわざ腋毛を生やさせた奴もいたよ
 その腋毛にね
 フンフンフンフン鼻押しつけて
 こっちが吐きそうになっちゃったけどね
 歯食いしばって
 でも結局
 二股かけられちゃってて
 そっちの女と結婚されちゃった
 これからもたまには会ってやるよ
 だって

 ねえ安藤君に聴いたんだけど
 あなたは本当に大丈夫なの

 失礼な話になっちゃうけど
 あいつの関係でこういう場面になんのは
 これで二度目
 あいつ
 僕たちが何ヶ月もつかってことで
 賭けかなんかしてたらしいんだけど
 先輩凄いっすねええっ
 年末ジャンボ宝くじ並みっすよおおっ
 いやああああっ
 有難うございますううっ
 だって

 で
 その彼女とは

 そのコのほうから離れていったな
 なんだか田舎に帰ったとか
 見合いかな
 ほら
 同じように理解があるなら
 やっぱこんな風じゃないほうがいいでしょ

 ふううううううん

 駐車場までは結構歩いた
 ゴージャスな雰囲気の彼女の車は
 意外なことに
 普通の軽だった
 その軽の左で
 僕は小さくなろうとしていたんだけど
 なにぶんデブだったもので

 路上パーキングに停められていた車の
 車内はひどくムッとしていた
 なのに彼女はクーラーをかけなかった
 窓も開けなかった
 その状態でジャケットを脱ぐと
 ノースリーブのワンピースだった
 そして確かに
 果実酒の匂いに混じって
 何か濃密にビターな匂いが

 タバコを点けると
 彼女は車を発進させた

 煙が嫌なら今すぐ止すけど
 まあ
 ニオイ消しね
 意外な使い方でしょ

 普段は絶対
 ノースリーブなんか着ないんだけど
 一時間毎にトイレに入って
 ウェットティッシュで何度も拭って
 中学の頃は
 赤剥けるまで拭っちゃってたな
 便座の除菌クリーナーまで試してみたっけ

 犬男を
 飼ってたこともあるのよ
 女王様のニオイはって
 つまり私のニオイってことなんだけど
 最高なんだって
 顔面騎乗ってゆうの
 私のってお尻のほうも
 最高なんだって
 今でもあいつ
 呼べば速攻
 駆けつけて来るんじゃないかな
 子供の保育園の行事さえなけりゃ
 ね

 ねえ彼女
 ほら
 前に安藤君に紹介されたってゆう
 その彼女
 あなた
 相当無神経なこと
 しちゃってたんじゃないかな
 そのコ
 結婚式場のパンフレットとか
 テーブルに置いといたりしてなかった

 今日はこれから
 明日の朝までシャワー浴びない
 そしてね
 明日の朝になったら
 あなたの頭
 ギュウウッてしてあげるね
 最高なんだってよ
 最初は
 最初は
 でも今度も最初だけだったら
 もう今度こそ
 ただじゃおかないけどね

 ねえ本当に大丈夫なの


自由詩 気になる季節 Copyright 藪木二郎 2010-06-03 22:02:18
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