髪のこと
はるな


乳房まである、黒い髪の毛をもっている。
それはときどき褒められるけれども、なぜだろう、なんだか嘘をついているような心持になる。
爪のかたちを褒められたり、顔の造形や、筋肉のぐあいを良い風に言われるたびに、うしろぐらいきもちになる。
わたしは、みなりや、態度を、賞賛されるように整えている。ある場合には、特定の人々に向けて、またある場合には、より多数に受け入れられるように。
だから賞賛されてしかるべきなのだ。わたしは今のところ若く、傲慢で、資産はないが時間はある。同時にいつも何かしら後ろめたく、自信がない。
そのためにわたしは整える。肌や髪を磨くことは苦しくない。どこへ行ったらほんとうのものがあるかわからないなら、目の前にある身体をつかうべきだ。それを道具や武器にみたてるのもいい。

白くなるまでに脱色した髪を、ところどころ汚れのように染めて、後頭部を刈り上げていた。どの指にも重たい指輪をして、似合わない赤い口紅を塗っていた。そのくせきちんと白粉をしないから、そばかすが丸見えで。
あのころだって、(あるいはいま以上に)からだはわたしの武器であり道具だった。
身体はいつも身体それ以上の役割を果たしている。
怠慢にしても、過ぎた武装であっても、身体は意味以上の役割をもっているように思う。

黒髪を褒める大方の人間はそれが古風だとか純粋だとかいう。
わたしにはただセックスのときに長い黒髪をかきあげるのを、ずっとずっとやってみたかったという理由がある。恋人のうえでそれが達成されたときからは、髪の毛をあかるい青色にしたいなという願望と、美容院へ行くのを億劫がる怠慢だけが、胸もとでからまっている。



散文(批評随筆小説等) 髪のこと Copyright はるな 2010-06-03 12:04:31
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