まゆ
あしゅりん

眉毛が伸びる
気がつけば俺も四十代
そろそろ眉毛も伸び頃だ

ここんところに一本、特に長い眉毛が生えている
四センチは越えている奴だが、こいつがしょっちゅう向きを変える
上を向いたり、ななめになったり、下向きになって目をつついたり
寝癖がついてるのか、とも思ってみたが、寝てもいない、触ってすらいないのに、鏡を見るたび生えてる向きが違っている。
どうにも気になって、鏡をのぞきこんでいると
…ひょこっ
動いた、眉毛が
ひゅひゅんと回り、ひくひくと震える
これではまるで、まるで、触角じゃないか…

おもわず眉を押さえると、その下に、感触
何かが眉の下でうごめいている
出てこようとしている…
そのとき、俺は気付いた
眉は、繭だったのだ

眉毛が、いや触角がひときわ激しく震え
まゆをめりめりと押し広げて出てくる、溢れる、流れる、赤い、血、のような、はね
ふぁさり、と真紅のはねをみるみる伸ばし、黒い触角を振りながら、俺の顔から飛び立つ、蛾
呆然と蛾を見送る俺の眉が、また震える。
え、と思う間もなく、かさりかさりと這い出てくる純白のムカデ、角の生えたセミ、虎縞のクワガタムシ
がさがさ、きちきち、ぬるぬろり
甲羅のあるナメクジ、棘だらけのトンボ、はねの生えたジョロウグモ
飛ぶもの、這うもの、土を掘るもの
得体の知れない、見たこともない虫どもが、俺の眉からあふれ出てゆく。

こんなに大量の虫が俺の中に詰まっていたのか。
俺の中にあると思っていた、内臓、筋肉、骨も、血も、そして脳も、すべては虫だったのか
て、ことは、虫が考えていたのか?
いま考えている俺は虫たちなのか?
それとも虫たちを包んでいた外側が俺なのか?
もはやからっぽになって、風にひるがえるこの皮が?
俺は、どこまでが俺なんだ?

虫たちは、ゆっくりと、空に、大地に、水中に、地下に、…世界に広がりはじめる
「あばよ、俺。これまで世話になったな。せっかく身軽になったんだから、自由に飛んでくれ」
折からの風を受け、皮は空気をはらんで空に舞い上がる。
「じゃあな、俺達。俺から解き放たれて、世界中に広がっていけ。
 いつか、地球の向こう側でまた会おう。
 そしてまた、ひとつの俺になろうや。
 それまで…あばよう」


自由詩 まゆ Copyright あしゅりん 2010-06-01 00:44:18
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