カニミソ2
番田 


雨はまだやってこないらしかった。私だけが蟹をとり続けていた。友達はワゴンの中で寝息を立てている。カラフルなポールスミスの紙袋は、まだ彼の眠りを妨げているはずだった。青いバケツの中に一杯の蟹が溜まったので、私は仕掛けの缶を取り込み、余った肉を岸壁から蒔いていく。水平線上に、おぼろげな太陽が沈みかけている。
「おいそろそろ帰るぞ。今日はしこたま蟹がとれたからな、蟹鍋でも、蟹ミソでも、蟹だよ。なんでも食えるし、しかも無料。蟹は何も言わんだろう。生きている蟹と何かしたいのならば、バケツに入っている今しかないぞ。」
と、私の友達に叫ぶ。
「バカやろう、訳のわからない縦筋の紙袋を鼻につめこみやがって。俺の鼻の穴はゴミ箱じゃない。それに俺は魚を釣りにきたのであって、蟹じゃないんだ。できれば巨大なヒラメが釣りたかったんだ…。うちの親父は、寿司が握れるから何匹か釣っておけば、縁側にさばいてもらえただろうに。」
と彼の返答が返ってきた。
私は、不服も言わずバケツをトランクに入れるとハンドルを握り、車を出した。辺りには朝来た時の車はまばらで、上半身裸のビーズの稲葉似の男ももうそこには存在しなかった。タムタムという漁船の音が時折響いている堤防の角を曲がって、16号線にぶつかる交差点の手前までやってきた。この辺りは昔は私が営業のルートセールスで回っていた事のある地帯だった。だから近道も知っていたし得意先の自動車整備工場の名前もよく知っていた。あれからもう3年も経っているし、顔の知れている私がドアを押してやってきたとしてもすでにフリーターの私に話すことは何一つとしてありえなかった。私は、怒りをこめてしゃべり出す。
「俺はなぁ、この辺りじゃ有名な、営業マンだったんだよ。しかしどうだい?この不況のあおりをうけ、今じゃダイソーのピッキング係とは。時給800円なんかで、よく暮らしているものだぜ。もちろん住民税も国民年金も滞納中。この先どうなるかなんて、君にだって知れたものじゃないだろう!」
太陽も、落っこちた。



自由詩 カニミソ2 Copyright 番田  2010-05-30 19:36:30
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