十億円コミュニケイト
umineko
逮捕されたそのオトコには
十億円の借金があったそうだ
四十年のジンセイで
どうやったらその借金が出来上がるのか
そしてそのオトコの数年は
十億円の価値のある
ものだったのか
それとも
考えてみると
たとえ人を殺しても
それだけの
お金が儲かるはずもない
身代金か?
金庫を狙うか?
保険金では足がつく
脅しか
脅しの方がまだましだ
命を奪っても
オトコにとっては意味がない
財布の数万円
クレジットカードは
暗証番号を
どうする
どうするよ
聞き出すのか?
ナイフを
声を潜めて
それが本当か
どうか
信じるのか?
今から
殺そうとする
その社長のその声を
命だけはと懇願する
か細い社長のその声を
聞き出し
金庫を開けさせ
もらうべきものはもらい
もう
これではただの強盗で
社長には
死んでもらわなくてはならぬ
なぜなら
コミュニケイト
つまり社長と俺との間に
確かな会話が存在したのだ
命を賭けた真摯な会話だ
ポップな
コンクリートなアートなど
蹴散らせ
踏みにじれ
確かに
成立したのだ
社長の
上っ面した魂が
これほどまでにまっすぐに
届いたことがあっただろうか
俺は
わからぬままに
二、三度腹に突き立てて
電話線を叩き切って
ついでに腹を蹴り上げて
だんだん
静かになったので
コミュニケイト
つまり
社長と
俺との間に
さっきまでそこにあったもの
俺はもうすっかり忘れてしまった
そんなものを
ポップな
コンクリートな札束を
お約束の黒いカバンに
アディダスの
ボストンバックに
修学旅行で使って以来の
そんなカバンに
札束はあふれゆく
だが
十億円には届かない
そしてその金を
返す気などもさらさらなくて
ただ
なるようにしかならないのだと
わかったような
わからぬような
逮捕されたその夜
オトコは
自宅でナイター観戦を
アディダスのカバンには
まだ
名札がついていたそうだ