サイエンスフィクションズ
竜門勇気
僕は頭を悩ませている。
なにしろ、宇宙のその始まりから終わりまでを作り出し、なおかつその歴史と発見のドラマの中から一部を拾い上げ小説を書き上げようとしているからだ。
アイザックアジモフに言わせればファンタジーとSFの違いは掲載誌の違いともっともらしい説明を必要とするか否かである。この言葉は僕に勇気を与えたが、これはかの師匠の初期短編集の中の言い訳に塗れていたので汲み取りづらく、時には(僕の解釈こそが)間違っている。
その小説の設定はこうだ。
・遙か未来の地球を含む銀河星系(もしくは近似した全く異なる文明)ではいくつもの惑星や衛星が人類の手の内にある。
・その星系のある衛星では非常に危険かつ有意義なスポーツの大会が開催されている。
このスポーツは今我々が生きているモラルには到底そぐわないもので、人命は軽視され、いたずらに危険を追い求めているようにしか感じられない。(だがそれは価値観の違いである)
ここまではスラスラと思いついた。
なんならそのスポーツの名前をエックスとして書き上げた後に然るべき説明ともったいぶった名前を当てはめてやればいい。とも思った。
「エックスに携わる男たちは常に勇敢ではなかったが、少なくとも自らの住む家をドロドロの土塊にされて黙っているほどは穏やかではなかった。」
まあこんなに陳腐でなくてもいいが、言葉遣いを狙った読者層に合わせれば内容に違いが必要なわけではない。
「エックスにはな!!!”お前らにはわからない誇り”-プライド-があるんだ!」
「エックスには君が必要だ・・始末するのに心が傷まないようなクズがね・・」
「はわわ・・・う〜。許しませんよ!そんなこと!!」
とかとか
だがしかしそのスポーツ、世界に関するディティールはある程度微細に設定しなければならない。
出来はともかく、キャラクターたちが動く原理はその世界のルールであり、この手のモチーフつまり結果への動機が単純な場合、ここを定めておかないと散漫な結末へと向かいかねない。
そこでとりあえずそのスポーツの勝利条件を考えた。
・その開催されている衛星は自転の速度がおよそ420km(赤道において地軸に対しての地表の速度。かなり悠慢だ)である。
・そのスポーツはモータースポーツの類である。
・そのスポーツは速度を競うのではない。
ここまで考えて、D-1のような競技や既存の競技から発想出来るいくつかの案を思いついたが、純粋なタイムの勝負では無く、速度への挑戦や、加速性のつばぜり合いでも無く、ドライバーの資質への過大な期待というあるべき姿には至らなかった。
望むのはF1のように技術者が高レベルで、ゼロヨンのようにマシンに無駄がない。
ラリーカーのように運に左右され、操縦者は天に恵まれた人間でなければいけない。
ここでようやく思いついた競技の目的
・レースは赤道で行われる。
・そして自転方向とは逆向きに選手は出発する。
・静止衛星上から選手が自転速度を追い越したことを確認した後に、選手は地表に対して安全に静止する。
・制動時間が短いものが勝者である。
そして物語を膨らませるためにいくつか制約とルールの拡張を行う。
それに伴う理屈の後付けも同時にだ。
・GPSの更新間隔は0.7sec(静止衛星との距離上の限界速度)
・マシンへの搭乗人数は無制限(クルーが増えれば慣性が増すため制限する必要もない)
・搭乗者の死亡は失格(安全に静止していない)
問題は理屈の正当化だ。特に安全に静止することは参加者にとって当たり前のことだし、明文化する理由が思いつかない。
ただ、背景を考察してひねり出すしか無いのだ。
まず、衛星にとどまる人類の傾向。無謀なフロンティアか死んでも惜しくないならず者だ。この先入観が正しいかどうかは分からないが、それなりの説得力はありそうな感じがする。
まてよ、機械文明に押されて不必要になった異端とされる開発者はどうだ。彼らは、機械そのものは信じていない。常にエラーやバグ、開発段階での無意味な条件付による破綻を危惧している。
彼らは、辺境に送られ、そんな場所にありがちな地下資源の採掘のアドバイザーというなの奴隷になる。
資源の洞窟の中では肉体労働を強いられるかつてのならず者がただ生きながらえてここを脱出するために働いているのだ。
日々溜まり続ける衛星の人々の鬱屈と反逆の芽を感じた管理者は策を講じた!
地下への移動速度の短縮のためのEXPO。静止するレースを!
開発者は嬉々として時速420kmオーバーの車体からパイルアンカーやらを地面に叩き込むための設計書を書き、ならず者たちは如何に爆発的なGから生還したかを語り合うのだ。
いいぞこれは。なんか自分でかいててちょっと楽しくなってくる。
おそらくは優勝者の加速と静止のノウハウは管理者に買い上げられそれが賞金として機能するのだろう。
それを契機に管理者側にまわれる、なんてのもいいかもしれない。
なら搾取の果てに家族を失った少年が主人公だ。彼は熱意に燃え、管理者たちと立場を逆転することに執着するだろう。
こうきたら、仲間は老人だ。彼はかつて少年と同じ境遇にあい、しかし反撃のチャンスを逃し、それを諦めてしまった天才開発者で、有能なメカニックだ。
これは非常にハリウッドである。モーガン・フリーマンのイメージで書けば、そこそこの人たちの評価を受けるかもしれない。原作の改変に困らないだろうから。
そして彼らはSFのステロタイプそのままに歴史的な発見と窮地の脱出を同時に試みる。
一番大きな問題はこれで、僕は基礎的な科学知識に乏しいし、嘘をつくのが、下手だ。(もちろんこれは自己評価で、たまたまできの良かった嘘のせいで小さくない災いに遭わなかったとは言わない)
仕方ないのでなかばファンタジーともいえる災いと栄光をでっち上げることにした。
・彼らの衛星の特異な点。実はそれは宇宙の始まりの場所、その座標を経由する軌道を持っている点だった。(宇宙は均等に拡大しているといわれている。ただ暗黒背景放射の行き着く先を計算するとある一点を指すことがわかったのだ!「ええ!?」)
・宇宙の中心部で静止するとそれはすなわち暗黒背景放射のもっとも希薄な点に存在することになり、その座標ではエネルギーエントロピーのポテンシャルが逆転する。(例えば、エンジンはピストンが爆発するごとに熱と運動を失い、ガソリンは漆黒の光とゼロ点振動する熱の粒になる。)
・慣性は静止と逆転し、二人の乗ったマシンのスピードメーターは10万とんで422kmをさしたままブレーキポイントに静止していた。(エネルギー保存則が逆転したため。桁数が10万kmまであるのは宇宙船のサーキットを流用していたため。)
・記録は0.7secだったという。
そしてどんでん返しだ。これはもうかんがえてある。
老人は少年に言う。
「僕らの未来はまだこれからだよ!」
少年は老人に言う。
「そうとも。君には酷な話じゃがな。」