血の色、レッド
ホロウ・シカエルボク
子供の様に
廃れて
横たわる夜
鬱蒼と
茂る狂気
道を
はぐれた
野良犬の狂気
もんどりうっては
まともな振りをする
夜、夜、夜、夜、夜夜
欠けた前歯が
捕らえなかったもの
それが真理
それが存在理由
剥き出しの
虚ろの中で
血を吐いた
慰みの傷
晴れた日の後は
拭い切れぬものが
浮き彫りになるから
早く眼を閉じるのだと
あれは
誰に
教わった
しきたりだった
鼠のように
壁の隙間に逃げてゆくのは
平熱の様な
日常の尻尾
くらくらと眼が眩んで
夜のわだかまりは
それ相応の
大きさと密度に
変化してのさばった
前頭葉の中で独裁者が
ひたすらに煽動を繰り返している
者共、敵だと、だけど
その標的は指示されない
座標は判らず終い
者共、狂気だ、狂気は軍隊なのだ
無数の歩兵を
従えた戦車だ、キャタピラが
脳髄の暗闇を舐め尽くす進軍だ
者共、進め、者共、進め
砲撃手は
常に準備を整えておけ
エンジンと足音、統制された…
概念の違う時計の様な
隊列が進軍する
子供の様に廃れて横たわったとある夜に
見えない敵を脳内のキチガイが駆逐しようと目論んでいる
それは戦争ではない
それは戦争ではないから
ある種の秩序の一切も存在などしてはおらず
ただ
死ぬという予感が
ああ
死ぬんだという予感が
蜘蛛の巣じみた強さと細やかさで
すみやかに
張り巡らされるばかり
ああ
命には
羅針盤がないから
同じ夜が
何度も
繰り返される
コバルトブルーの空が
あんなに安らかなんだって
そんなひとときは
トリックを隠したものみたいに
彼方で
気がつけば
同じ床を
幾時間も見つめていた、夜、夜、夜夜
砲身を掲げ
戦車が
鈍い油の臭いを放つ、それは
どうしようもなく
流れるだけ流れた
最深部の
血液を思わせる
血がすべて流れたら
心はどこへ行くのだろう
夢のように白濁して
虚空へ
消えてしまうのか
床の一点
床の一点に
なにやら思案する
蟻の姿がひとつ
気温や
湿度の中で
ヤツの触覚は
なにかしら複雑な構造のひとつを
単純なプロセスで理解している
だけど、アント、俺たちは殺し合わなくては
もう理由なんてないけど
殺り合うことに
もう理由なんてないけど、それでも
運命は何度も生き延びてきた獣みたいな視線で
くすんだ脳髄に新しい色を差す
レッド、その脳髄のどうしようもないレッド
堅い爪先の靴を履いて
頭を思い切り蹴りつけたい
戦車はいつまでも行軍している
後退でない限りは
いくらかの満足がそこにあるはずさ
血の色、レッド
蒸し暑い季節の隙間
夏の予感は
やはり薄暗い闇の中で鼻息を荒くしていた