恋のうた(サチコに)
オイタル

かび臭い二月に始まる
情けない恋のうたをサチコに

ぼくはある日
茶色い少女に恋をする 髪も制服も靴下も
少女は教室で教科書をカバンに詰め
僕は黒板のようにそれを見ていた

せっかくの恋をしたのに
ぼくはそれをつまらない
小さな木箱に仕舞い込んでしまった

少女は木箱の陰に
ひっそりとミルクをこぼし

木箱の中でかすかにオルゴールが
鳴っていたが
耳鳴りだったかもしれない
とにかく

せっかくの恋をしたのに
それにぼくは重さのない
甘くて細い布を引いてしまった

それからも毎日忘れずに
置時計は十二時のお知らせを繰り返し
三月の窓の外に悪気のないクラクションが行き交い
ぼくの耳の奥ではいつも
オルゴールが鳴りやまない

その後ぼくは
二つの戦いに破れ 三つの戦いを勝ち抜き
カラスのうたと 白塗りのうたを歌い
うそつきの涙を流し
置時計とクラクションと木箱のオルゴールは
身勝手な繰り言をやめなかった

そして五月
いまだに少女のカバンは たわごとを飲み込んでいる
ぼくはスイッチに手を伸ばし
黒板には明るい照明が走り
教室はターンテーブルのように回り始めるのだが

せっかくの恋をしたのに
ぼくはそれを 饐えた天井の梁の陰に
気付かずに止まらせてしまった
情けない恋のその後は
情けないままの
お話である



自由詩 恋のうた(サチコに) Copyright オイタル 2010-05-03 20:22:58
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