「Y」



 高尾へと向かう中央線の車窓から、シャッターを切った。
 翌日、自室で現像したネガを、ライトボックスでチェックした。
 テニスコートを撮影したコマが面白そうだったので、さっそく焼いてみた。
 赤いライトに照らされた現像液の中に、霞がかかったようなテニスコートの姿が、浮かび上がった。
 撮影者である私が乗っていた電車の車影が、プリントの下部に写り込んでいる。
 その細長い電車の影に混じって、ぼんやりとした人の影が映っていることに、気付いた。
 私は、首をかしげる。
 撮影時、左右二面あるテニスコートのうち、右側のコートに人影は無かったはずだ。
 ところが、出来上がったプリントに写った右側のコートには、うつむき加減の人影が、はっきりと写っている。
 幾ら目をこらしても、同じことである。
 結局私は、そこに写っている奇妙な人影を、自身の記憶違いのせいにするしかなかった。
 「それにしても」
 と、私は心の中で呟いた。
 そこにある人影は、どうみても、スポーツに打ち興じている姿ではない。
 むしろ、じっと頭を垂れて、ひたすら何かを思いつめているように、目に映る。

 それから数日のあいだ、私の心の隅には、その奇妙な人影が、古い建物の壁にこびりついた染みのように居座り続け、なかなか消え去ろうとしなかった。


散文(批評随筆小説等)Copyright 「Y」 2010-04-21 22:50:20
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