春の或る日、植物園にて
あ。
■チューリップ
包むように咲く花びらは
遠いむかしにわたしの頬を覆った
大きくて暖かな手のひらに似ていた
誰のものだったかは
もうとっくに忘れた
中に隠れているのは
色彩の
季節の
記憶の
感情の
日常の
いつかどこかに根を下ろす
種子
■三色すみれ
単色でいられる潔さがないから
色を増やすことでごまかそうとした
きれいな色を加えるほどに
どんどん野暮ったくなってゆくのに
気付いてたって止められなかった
きみは
とりとめがないのに美しくて
何処にいたって目をひいて
柔らかな部分にそっと触れれば
ひび割れた皮膚のすき間から
生きている振動が流れた
■さくら
咲く花は視界を遮るほどのものではなく
ぽつぽつと緑色も混じっている
お花見には少し遅かったのもあるし
昨夜続いた雨のせいでもあるだろう
まだほんのり湿っている土に
数え切れない春の残がいがばら撒かれ
幾度となく踏みしめられた圧力で
または思いがけず含んでしまった水分で
そこに埋め込まれているかのように
不規則な模様を作っている
淡い色は潔く美しく
どのひとひらも
底が見えないほどの春で
土に溶けて大気に流れ
新しい季節の種子となり
抱きとめることもかなわない
流動性