春の或る日、植物園にて
あ。


■チューリップ


包むように咲く花びらは
遠いむかしにわたしの頬を覆った
大きくて暖かな手のひらに似ていた


誰のものだったかは
もうとっくに忘れた


中に隠れているのは


色彩の
季節の
記憶の
感情の
日常の


いつかどこかに根を下ろす
種子



■三色すみれ


単色でいられる潔さがないから
色を増やすことでごまかそうとした
きれいな色を加えるほどに
どんどん野暮ったくなってゆくのに
気付いてたって止められなかった


きみは
とりとめがないのに美しくて
何処にいたって目をひいて


柔らかな部分にそっと触れれば
ひび割れた皮膚のすき間から
生きている振動が流れた


■さくら


咲く花は視界を遮るほどのものではなく
ぽつぽつと緑色も混じっている
お花見には少し遅かったのもあるし
昨夜続いた雨のせいでもあるだろう


まだほんのり湿っている土に
数え切れない春の残がいがばら撒かれ
幾度となく踏みしめられた圧力で
または思いがけず含んでしまった水分で
そこに埋め込まれているかのように
不規則な模様を作っている


淡い色は潔く美しく
どのひとひらも
底が見えないほどの春で
土に溶けて大気に流れ
新しい季節の種子となり


抱きとめることもかなわない
流動性



自由詩 春の或る日、植物園にて Copyright あ。 2010-04-21 00:02:07
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