鳴子沈夢 / ****'01
小野 一縷



艶やかに唇濡れ 薄紫 柔らかい澱み 胸の奥底に 藍色の沼は
甘く渦巻く 鬱血 指先の冷たさ ぬるい痺れ 重い流砂状の心
沼辺の風草靡く廃土の奥に 優しげに 傾いた
脊髄の鐘楼が 鈍く軋んで揺れている


また? 沈んだ? 


また 血と肉の外に 意識だけ 浮かせては 
命の綱として おくのだろう ほら また 


もう 行ってしまったよ


現実深度 度合の目測 不明確に 時間は眠っている それは
泥の中 沼の中心に埋まっている 沈黙の重み
射してくる 赤みを帯び始めた陽にも 応えずに
喪失 不在の数だけの 邂逅 愛 滲ませて 


液状に 沼に 
なだらかに垂れ 溶けてくるのは 
ただ一つの ただ一つへの 全てへの
融解へ向け 流れてくるのは
救済ではない 苦難ではない 一事象 


これが 物語の ただの一章ならどうだ 楽しめる しかし 
この嘘は 誰の為の逸話でもない 事実 誰の場所でもない 
ここには元々 何も無い 無二の 完全なる停滞 
球状に均衡する 重力と浮力の芯


見よ 現在 ぼくだけの 現実を ぼくよ 夜色の留まりよ


喋るな その一息を吐く為に 重く 温い沈澱から 浮き出たしたばかりに
逃した才気を 悔いた日々だったろう 消えるべきは 言葉 道具 主観
ここに 観点は 一つも 無かった
沈む都度 ぼくが置いたのだ 目印に 逃走の経路に 


そうして ほら 逃げたろう? 


何度も 当然と 帰るように 
息を継ぐように 自然と 意識を手繰って


ほら 悔いながら


逃避距離 飛び去る 放棄 開放と純真 慈愛 せめて 聴いていろ
絶え間無く 発生し 絡み 入組む 逆路を 駆け 離反する 一現象の
乱雑な 滑走の くぐもった 残響を


黒く掠れだした鐘音は 低く煤けた夕闇を振り乱して 駆け上がり
ゆっくりと 空ろに 引き込まれる あらゆる気体の 過ぎゆく時間の 
色素が攪拌される 沼の色は やがて熟して藍色に 
薄汚れた寝床の上に 胎児のように 渦巻いてゆくだろう


胸は涙の熱さだ 

仮の死の 間際の 

暖かい  

今こそ 黙示を 

藍色に 生まれくる 

ぼくという  在り方よ


  


自由詩 鳴子沈夢 / ****'01 Copyright 小野 一縷 2010-04-20 15:41:24
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