密度に欠けるプール
ホロウ・シカエルボク





ぼくは濡れた路の上に立って
ゆるやかな忘却みたいに終わってゆく雨を見ていた
15時25分をすこし過ぎたくらいで
どうしようか決めかねているみたいに
太陽がうす雲のあいだからこちらをうかがっていた
車道を車が過ぎるたびにすこし水がはねて
ぼくの鼻さきに雨のにおいがした
濡れた道の上に立って
過ぎてゆくものとやってくるものを見ていた
どちらを、ではなく
どちらも、どちらを見るともなく、どちらも
夢から覚めきらない時の脳みそみたいに
空気はあまり流れずによどんでいた
あたたかくなるための雨なのかもしれない、なぜか
そんな気がした、ただ春だからというわけではなく
この雨上がりのなかにいると
ふと思い出すメロディーみたいにそんな感じがした
色塗りの薄すぎた絵みたいな世界
濡れた路の上に立って
過ぎてゆくものとやってくるものを見ていた、見るともなく
いつも流れてる音楽を聴いてるときみたいな感じで
確かさはささやかなもの
ながいシグナルがようやく青になって
ぼくはたしかなささやかさをもって横断歩道を南から北へ
密度に欠けるプールのなかを歩いているみたいだ、ほんの少し太陽が顔を出した
ぼくが厭世的な詩人なら
妙にしゃちほこばったポエムのひとつでも読みたくなるだろうそんなタイミングで
だけどあいにくぼくは厭世的な詩人ではなく
だからぼくはその太陽のタイミングについてはそれほど考えなかった
横断歩道を横断し終わると
ふりかえってさっきまで自分が立っていたあたりを見た
シグナルがまたゆっくりと変わって
打算的な競争馬みたいに足を止める様々な人たちがあつまり
見た、そのなかに
さっきまでそこにいたぼくのすがたを
「おぉい、おぉい」さっきまでそこにいたぼくは楽しそうに手をぶんぶんふりながら、いまここにいるぼくに呼びかけていた
ぼくはなんとも考えようがなくて
さっきまでそこにいたぼくのことをしずかに眺めていた
おぉい、おぉい、とおお声を出しながら
さっきまでそこにいたぼくはこちらに向かって駆けだしてきて
突っ込んできた四トンのダンプにはね飛ばされた
いまここにいるぼくはさけび声を上げた
それはぼくにしか見えていなかった
おぉい、おぉいとすぐちかくで声が聞こえた
ぼくは足もとを見た
さっきそこで四トンダンプにはね飛ばされたぼくが
ツイストドーナツみたいなかたちになってぼくを見上げていた
ぼくはさけび声をあげた
それはぼくにしか見えていなかった
ぼくはふらふらとそこをはなれた
雨はいつの間にか上がっていた



密度に欠けるプールのなかを歩いているみたいだ






自由詩 密度に欠けるプール Copyright ホロウ・シカエルボク 2010-04-01 23:23:42
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