受精
ホロウ・シカエルボク
発光し続けて
磨耗するフィラメントの
舌打ちみたいな最期の音
疲れた寝床で
その音が何度も弾けた
落ちようとする
意識に
電流を流して起こすみたいに
じじじと
じじじ、と
思えば消え去るときは
いつもそんな具合だった
過剰を嫌う映画みたいに
なんらかの小さなつぶやきで
すっと
居なくなった
すっ、と
茶器を残したまま
人だけが消えた家みたいに
凍結した唐突さが
不在を強情にする
あなたは、そうだ
わたしは
あまりにも唐突すぎて
あなたのなりたちを忘れた
あなたを、あなたを構成していた
記号や
元素のすべてを
声をかけてもよろしいか
旧知の、親しいものみたいに
ねえ、と
呼びかけてもかまわないだろうか
きっと
わたしは
それ以上
唇を動かすことは
出来やしないけれども
語りかけよう、という
気持ちが
こんなにも強くくすぶるなら
あなたはたぶん
わたしにとってとても大切なつながりだったのだ
いまのわたしは
たくさんの水をたたえた
澄んだ湖だろうか
それとも
むかしそんなこともあった
枯れた地平だろうか
思い出せないのに
確かであるものを抱えていることは
わたしに
そんな疑問符を投げかける
あなたを忘れているみたいに
わたしは
わたしのことを忘れているのかもしれない
だとしたら
誰にも
そのことをそうと確かめることは出来ない
過去の中にしか存在しない建物のように
感覚はあるけれど輪郭はどこにもない
わたしは男だろうか
それとも女であるだろうか
賢人だろうか
それとも愚者だろうか
仮面をかぶることが必要だろうか
本来なら
わたしはそう考えて眉間にしわを寄せるべきなのかもしれない
だけど
おそらくはそんなものは必要がない、わたしには
おそらくそんなものはもう必要なものではない
釈然としないのであるなら
「わたし」とだけ
ことわればよいのだから
あなたはわたしと同じような顔をしてわたしのことを見ている
あなたの中にもわたしのようなことが起こっているのだろうか
わたしはそのことをあなたに尋ねてみたいと思うのだけれど
だけどそれにはやっぱりなんらかの記号が必要とされてしまうのだ
わたしは口を開いた
それは語ろうとも思わぬ時に開いた
そしてわたしはひとことふたこと
あまり耳に馴染みのない言葉を吐いた
あなたは頷いてわたしの手を取った
それからわたしたちはもう一度始まったのだった