冬納め、あるいは虐殺の予兆に関する記録
ならぢゅん(矮猫亭)
冬納めの儀式は古来より西院にて執り行うものとされている。その間、本尊は伏せられ、黒いラシャ布が被せられる。これを本尊隠しと称する。永年、雪守家の末子の役目とされてきたが、鴉葬以来、毎年、隠し役を選ぶことが村主の最も重要な仕事となった。隠し役の要件は年によって異なる。十八年前には碧陰核をと泉告げが下り、村主は自分の娘に植碧するほか術がなかった。
本尊が隠されると納女が招き入れられる。泉のほとりの荒小屋に棲む老女。齢い二百を超えると噂される。平素は疎んじられ声をかける者さえいないが、泉告げを聞くのも冬を納めるのも、この女にしかできない。著しい水勢のために真冬も凍らぬ泉。女は小さな杯に泉水を汲み、ひとしずくもこぼさぬよう、まる一日かけて、ゆっくりと山道を下ってきたのだ。物音もたてずに御堂に入る。闇戸が閉ざされる。この鉄の扉は儀式が終わるまで決して開かれることはない。
隠し役と納女だけが残された御堂の中でどのような儀式が行われるのか。村には一人として知る者はいない。儀式が終わり闇戸が開かれると、女は口を閉ざしたまま山道を戻ってゆく。本尊は元の位置に、隠し役はラシャ布に包まれて目覚めることのない眠りを眠る。死んだわけではない。中には眠ったまま三十年、生き続けた者もあったと聞く。あとはただ空の杯が残されるだけだ。
長い沈黙の後、ようやく扉が開かれ納女が現れた。この冬は納められんかった。村人はみな初めて女の声を聞いた。突然西の空が明るみ、火箭が闇空を渡る。錆びくさい飢えと渇きを口元に凍てつかせ、見えない獣たちが満ちてゆく。冬眠は解かれた。いや禁じられたのだ。噴出の姿のままに泉は凍り、火箭に裂かれた風が鋭く氷面を渡る。村主の目に殺意が顕れる。速やかに伝播し納女を取り囲む。